第10章 god
生温かい風が木々を揺らし、彼の金色の髪を揺らしていた。強い風に吹かれ、彼のトレンドマークである布は、ふわりと退けられ常に隠したがっていた美しい髪が姿を見せる。月のない夜、群青色の空を仰ぐ。透明な空色の瞳は少しだけ翳り、目を細めれば何かを思案していることが伺える。
「……そろそろ五つ時か」
彼が踵を返し、本丸に足を向けた途端……――自分ではない者の気配を感じて顔を上げた。その者は、異様な雪色の髪を揺らし血を流し込んだような赤い瞳で、彼――山姥切を見つめていた。
「……、誰だ」
山姥切は瞬時に抜刀し、その者との間合いを詰めると刃を首へと突き付けた。しかし目の前のその雪色の人物は、ふっと笑うだけで臆する様子一つ見せない。何故恐怖しない? 怯えない? 慌てない? 多少の動揺が、山姥切の中に流れて行った。
「俺は佐伯と言います、山姥切さん。貴方とこうして対面するのは初めてになりますね。政府審神者管理課に配属されています」
「……政府が何の用だ。随分政府と言うのは不躾なんだな? 一体どうやって入った、ここは俺の主が結界を張っている神聖な場所だ。他人が、例え人間であろうと易々と入れるはずがない」
「すみません、その辺りは俺の体質の問題と霊力差の問題があるかもしれませんね」
「……何者だ、あんた」
「宝条さんはいらっしゃいますか?」
佐伯がそう口にすれば、山姥切は明らかに不愉快を前面に押し出した表情をした。どうやら佐伯はその反応を予想していたのか、ただ困ったように微笑んだ。