第8章 laboratory
「はっ……本当に嫌になるな。あんたには」
「私はまだ貴方に負けるつもりはないのですよ、山姥切殿」
山姥切は首にあてられた一期の刃に、苦笑いを浮かべる他なかった。居合を制したのは一期だった。山姥切自身は、そこまで落ち込んでいる様子は見せていない。
「だいたいあんた程の太刀に、純粋な剣術で勝てるはずないだろう」
「何を仰いますか。勝つおつもりでいらっしゃったのは、他の誰でもない貴方だ」
「その通りだな」
一期が刀を引くと、山姥切は溜息を吐いて門から退いた。それに合図に、理仁は我に返り山姥切を見やる。しかしその視線は、けして交わらない。
「参りましょう、主殿。少々時間がかかってしまいました」
「……ああ」
山姥切の横を通り過ぎる最中、小さく呟いた彼の言葉を理仁は聞く。耳に残った彼の言葉は、ゆっくり理仁の心を侵食しては歩み始めた足を止めようとする。だがそれはいけない。何とか足を動かし、理仁は一期とこんのすけと共に門を潜った。
山姥切が伝えた言葉。
――行くな。
「……まったく、困った奴だな」
「どうかなさいましたか? 主殿」
「いや。早く行って、帰ろう」
待っている誰かが、いるのであれば。
理仁が政府を訪れたのは今回が初めてだった。審神者になる際の全ての手続きは、担当である田頭が全てやっていたため、彼自身がここへ訪れて手続きを行う必要はなかったのだ。改めて外観を見つめる。何処にでもありそうな高層ビル。こんのすけに案内されるままに、理仁達はビルの中へと足を踏み入れた。
「この時の政府特務機関は、隔離された次元内に高層ビルを建築。ここもまた、現代とは異なる次元に存在しているのです。本丸の会社版と思って頂ければ」
「中は随分静かだな」
廊下は人の気配が一切なく、すれ違う人間さえもいない。