第6章 ◆名取の札 (弐)
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「…ーも…!…りーくーもっ!」
日差しが未だ燦々と降り注ぐ昼下がり
いつものように、
お気に入りの木の上に登り転た寝ている僕を
これまたいつものように、
凪雲が木をゆすり僕の名を呼ぶ。
〝なんだよ…。
さっきいっぱい遊んだだろ?〟
危うく落ちそうになった体を
間一髪のところで木に留め
凪雲に文句を散らす。
…これも、いつものこと。
僕と凪雲は
この御厨神社を守る神として祀られている。
山の神が僕。
風の神が凪雲。
遊ぶといっても
僕は枯れた木を起こしたり、
虫の毒気を消したり
一応は、山の管理をしている。
凪雲は
気候の変化を常に風の力で読み取って
麓にある村を災厄から守っている。
そのせいか、
村の人間さまは僕たちを奉るようになった。
周期的に お供え という名目で
鳥居の近くにあるお社に
お米、お酒、塩と山菜、干物、
稀に季節のものが置かれている。
人間さまの気配りに感激した凪雲は
それ以来、麓の村に行っては
その時の出来事を逐一、僕に報告してくれた。
〝僕はあまり、人間さまに対して
興味無いんだけどなぁ。〟
そんな事を呟いた日には、
凪雲から半日お説教だったっけ。
凪雲にとって、人間さまに喜ばれることが
一番の喜びだそうだ。
そして、こんなにも良い環境で過ごす事数十年
穏やかな世界が壊されるのは
ほんの一瞬の出来事だった。
「李雲ー!ちょっと起きてよー!
大変なのよ、はやく行くよ!」
凪雲はいつも通り、僕を起こし
木の下まで引きずり下ろすと
いつもより、慌てた口調で
僕を麓付近まで引っ張っていった。
〝なんかあったの?〟
凪雲がこうも慌てる時は大抵、
台風か、雷か、…豪雪。
雪が降る季節ではないし、
台風が来るにもまだ、早い。
…雷か。
そうか、凪雲は特に雷が嫌いだもんなぁ。
そんな事を呑気に考えていた僕は
凪雲が小刻みに震えているのを
気付いてあげられなかったんだ。