第10章 ◆人の妖化
「 ・・・。」
健司の命令に、返事が来ない。
「 聞いているのか、的場。」
「 ・・・承知致しました。
呼んで来ますので、暫しお待ちを。」
健司の再度の呼び掛けに
少し遅れて返す的場。
コツコツと小さな足音を立て
その場を去ったのだろう
次第に足跡が小さくなり、
やがてその足音は聞こえなくなった。
「 ・・・鼠の血、か。
真実かは疑わしいな。」
ぼそりと呟くように零した健司の言葉。
吐き出した言葉は
誰かに向けたものではなく
自分自身に問い掛けていたものだろうか。
健司は構えていたナイフを下ろして
またも小さなため息を零して振り返る。
「 ・・・。」
振り返った健司のその表情は
さながいつも見ていた無表情な姿。
ゆっくりとさなの元に近づき・・・
「 ・・・っ!」
ピタッと冷たい触感が
首元から伝わる。
健司は下げたままになっていたナイフの切っ先を
さなの首元に宛てがったのだ。
「 彼等が来る前に、君の鼓動を止めるよ。
何を企んでいるか分からないからね。
ふふ・・・良かったよ、
〝この術は対象となる人の心臓を止めると共に
その体は暖かくないといけない〟
という嘘を混じえていて。」
「 ・・・?」
いつもの無表情の姿から
口角を上げただけのような作られた笑顔。
そんな不気味な表情で
さなを間近から見下ろす健司は
言葉を続けた。
「 本当は対象の体温なんて無関係だ。
いつでも君を殺せた。
・・・しかし、それでは面白く無いからな。
夏目くんを殺して
絶望する君の姿を見たかったが、
反対の方が面白そうだ。
きっと、
冷たくなった君を生き返らせようと
必死になる余り、
人の妖化に協力してくれそうだ。
愛しの、〝さな〟。」
ー・・・なん、て?
「 っ!」
健司の言葉にさなが首を傾げた
その瞬間ー・・・
冷たく宛てられたさな首元に
痛みが走った・・・。