第10章 ◆人の妖化
ー・・・ガタガタガタガタガタ!
不意に鳴る窓の揺れる音。
「 ・・・!」
思わず窓のある背後を振り返るさなの目には
真っ暗な海が窓の向こうに続くだけで
それ以外は何も無い。
「 ふ、小賢しい。
来るならさっさと来れば良いものを・・・。」
ビシッと決まっていたスーツのボタンを外し
ゆっくりとネクタイを緩めて
ナイフを構える健司は余裕の表情だ。
「 来るか・・・?」
窓を見つめた後に、
くるりと体を反転させ
ドアの方向へ向いた健司。
・・・その時だった。
ーコンコンコン
「 !」
緊迫した室内に小さく鳴り響く
規則正しいリズムでドアをノックする音。
小さくとも、想定外だった健司とさなは
一瞬の驚きを隠せなかった。
「 ・・・誰だ。」
ドアの向こうへと静かに言葉を発する健司は
ナイフを構えたままゆっくりとドアに近付く。
その間、背後の窓への警戒心を解かないのは
さなにも分かるほど
その背中が物語っていた。
そして、
「 ・・・私です。」
小さく返されたその声。
それは聞き覚えのある
ゆったりとした低い声色。
ー・・・的場、さん・・・?
「 的場か、何の用だ。
邪魔をするなと言った筈だ。
要らぬ用なら今すぐ去れ。」
ドアの前まで移動を済ませた健司は
ドアに向かい冷たく言い放つ。
「 其方の壺に有ります式達の血の事です。
私の部下の手違いで、
鼠の血が混じってしまったようでして
・・・申し訳ありません。
新しいのをお持ち致しました。」
ドアを挟んでも分かる
いつも通りのトーンで伝える的場の言葉。
その言葉に眉間に皺を寄せ
疑いながら聞く健司は
ふぅ、と小さな溜息をこぼす。
恐らくは的場には聞こえないであろう
さなにでも辛うじて聞き取れる程の
小さな音量で。
そして続ける
「 ・・・的場、
その部下から寄越すようにしろ。」
的場への疑いはそのまま残し、
ドアの向こうへそう告げた。