第10章 ◆人の妖化
「 やはり・・・
怖がらないようだな、さな。」
ナイフの切っ先を向けても
微動だにしないさなに
少しだけ驚く健司だが、
その表情は一瞬にして元に戻る。
・・・と言っても、
さなの知る限りの冷徹で無表情なモノとは違い
それは今を愉しむように笑い続ける健司の姿。
「 ・・・。」
さなにとっては、
ナイフの切っ先なんかよりもずっと
恐怖に値する笑顔である。
「 まだ時間はある。
・・・そのうち君の仲間が来るだろう。
あんな事で怖気づくような連中では無いのは
見ていれば分かる。
的場くらい彼等なら突破してくる
というのは予測済みだが・・・
・・・ふ、まぁいい。
その時は、
その場の人間全てを消す。
君の想う
愛しい 〝夏目くん〟とやらも、ね。」
「 ・・・ん、ぅっ!」
夏目の名が挙がった瞬間に
部屋全体に響くガタン!という椅子の振動音。
健司の言葉にさなは思わず叫び
駆け出そうと試みたが
どちらも叶う事は無かった。
「 ははは、
面白い程の図星の反応だな。
妖力の強い者同士、
家族の居ない者同士、
傷の舐め合いか?
さぞ、楽しい世界だろうな。
羨ましいよ、さな。」
頭を抱え上を向き
部屋中に笑いを響かせながら
大声で話す健司を睨むさなは
縛られた腕を必死に動かしていた。
「 ・・・っ!」
動かせば動かす程
ギリギリと食い込むだけの腕の枷。
それは擦れて傷が出来ているのだろう
気付けばジンジンと痛みが走っていた。
「 その目、堪らないよ・・・さな。
・・・レイコさんにそっくりだ。
夏目くんを消した方が
君にとっても良いかもしれないな。
妖になれば、僕を消せるぞ?」
ある意味感心するように続ける健司は
さなに向けていたナイフをスッと下ろす。
「 ・・・んぅ。」
「 噂をしていれば
迎えが来たようだ。
・・・良かったなぁ、さな。」
ニコリとさなに笑いかける健司の目は
暗く濁ったものだった。
「 ・・・っ!」
ー夏目先輩、来ちゃ・・・ダメ!