第8章 ◆田沼ノ寺
〝さて、と。
もう夕暮れよ。
・・・私、そろそろ帰ります。〟
萩の名前も回収し
鞄に仕舞うと、
レイコは窓から外を眺め
鞄を肩にかけた。
〝あ、レイコさん。
良かったら、
夕飯でもどうですか?
折角ですし。〟
そそくさと
襖に手をかけていたレイコを呼び止め
夕飯を提案する住職は
桔梗と萩にも笑顔を向けていた。
そして、同意の意味として
桔梗と萩も何度も頷いている。
しかし、
〝・・・嬉しいんですけど、
早く帰らないと
怒られちゃうので。
・・・また、今度。〟
ニッコリとレイコは
どこか寂しげに笑った。
〝あなたたちも
また、今度ね。〟
桔梗と萩に別れを告げ
〝急にお邪魔して
すみませんでした。
それと、ありがとうございました。〟
住職にも深々と頭を下げた。
〝そうですか。
では、いつでも、
遊びにいらして下さいね。〟
住職は笑顔で答え、
レイコが出ていくのを見送る。
夕暮れの虫と風の音が
さらりと抜けて行く。
ー・・・その後、
桔梗と萩は
毎日書斎で本を読み耽るが
レイコが現れる事は一度も無かった。
〝レイコ、
今日モ、呼バヌノカ・・・。〟
毎日の夕暮れ時に
外を眺めては呟く桔梗に
次第にレイコの記憶すら薄れていく萩。
〝レイコ・・・。
桔梗の想い人 カ・・・?〟
そうして無残にも
年月は経っていった。
秋の夕暮れ時。
〝私ガ、消エル前ニ
一度ハ 呼ンデクレ
・・・・・・レイコ。〟
桔梗のその気持ちを
レイコが知ることは無い。