第8章 ◆田沼ノ寺
「桔梗…」
さなの言葉に妖は
桔梗の名を小さく呟き少しその場から離れた。
その行動に違和感を感じたさなは
更に追求する。
「 お友達…だったの?」
暗く湿ったその場所で
目の前にいるはずの妖の表情は更に暗く、
その感情まで把握することはできずに
さなは目を細めていた。
「…」
珍しく、沈黙が続く。
お茶の缶を探していた時も
世話焼きのように在処を教えてくれた
口達者な妖に
この無言は図星と捉えられた。
「 …どうして、食べちゃうの?」
さなは肯定と判断して先へ進む。
「 お友達なのに、食べちゃっていいの?」
間髪入れずに質問で攻めるさなに
徐々にと頭を下げていく妖。
そして、
「桔梗との、
…ヤクソク。」
ぼそりと呟いた言葉は
「 約束?」
それはしっかりとさなの耳へと届いた。
「…ズット2人で、コノ寺住んでタ。」
妖は顔をあげさなを真っ直ぐに見据えると
たとたどしくも話し始めた。
「…デモ、
桔梗の命ガ終わル。消えル。
桔梗、そう言っタ。
桔梗待ち人いル。その人に伝えるタメに
桔梗をオレが食べル。
そしたラ、オレの中に残った桔梗の力で
待ち人ワカル。
ダカラ、
桔梗は食べなキャ、いけナイ…。」
酷く悲しげに淡々と話す妖の姿は
先程よりも小さく見えて
さなは思わず、同情の目を向けた。
「桔梗、遂に倒れテ、
泣き出す桔梗。オレ、左手だけ食べタ。
デモ、怖くて逃げタ。
ズット、台所隠れてタ。
五日経ってカラ、戻ったラ
桔梗、消えてタ…。
最後の願いモ叶えテやれなかっタ。
オレ、後悔しタ。沢山、悔やんダ。
…そしたら、お前、来タ。
桔梗と同じ臭いノ、お前来タ。
お前食べたラ、待ち人、ワカル。
ダカラ、今度は
全部、食べル…!」
そこまで話し終えると
妖はふるふると震えながら
さなとの距離を縮め始めた。