第8章 ◆田沼ノ寺
ー・・・。
「なんの音だ?」
何かが転がり落ちたような、そんな音が
小さく夏目の耳へと届いた。
「音?何も聞こえないぞ?
・・・もしかして、妖か?」
夏目の問い掛けに辺りを見渡す田沼が
真剣な表情で夏目に視線を戻す。
「・・・いや、妖の気配はないんだ。」
「そうか・・・。」
「あぁ、ごめん。
俺の空耳だったのかもしれない。」
夏目は田沼に要らぬ心配を掛けぬよう、
少しだけ音のした方を見ながら
田沼へ返事をする。
「いや、いいんだ。それより、夏目。
さなちゃん、遅くないか?」
「・・・!」
・・・まずい!
田沼の言葉に夏目は勢い良く立ち上がる。
「田沼!台所はここの奥だったな?」
さなが立ち去った方向の襖を開け
夏目はそのまま客間を飛び出した。
「夏目?!どうしたんだ?!」
夏目の後を追いかける田沼が
夏目に状況説明を促すも
夏目は急いで台所まで走る。
・・・嫌な予感がする。
どうか、無事でいてくれ、さな・・・!
夏目は必死に懇願するも、
その願いは台所の扉を開けた瞬間に砕かれる。
「・・・さな!」
夏目が力任せに開けた扉の向こうには
呼びかけた名前の者はおらず、
準備されている二つの湯呑と
床に転がるお茶の葉だけだった。
もぬけの殻状態の台所へ視線を一点集中させる。
「夏目?!」
只事ではないと思い、
夏目の後ろから駆け付ける田沼が
夏目の視線を辿って台所へ向き直る。
「これは、一体・・・。
さなちゃんはどこに行ったんだ?」
田沼の言葉は呟きとなって、
夏目の耳には抜けていくだけ。
・・・連れて、かれたのか・・・?
さなが?
なんで、さなが・・・。
・・・いや、そうじゃない、
そうじゃないんだ。
「離さないって・・・言ったんだ、俺。
さなが怖がってたから・・・。
なのに・・・。」
「夏目?」
小声でボソボソと話す夏目に
田沼が夏目を呼びかける。