第3章 何も知らない猛獣は
藍蘭
リエーフ と呼ばれる彼が来てくれたけれど
よくない雰囲気が流れていた。
何か言葉を発っそうとしても 声が出なかった。
私を抱えて出て行く時に見えた
黒尾さんの表情は何か言いたげだったけど
それを抑えているようだった。
廊下で、下ろしてもらおうとして
顔を上げた時、いたあの人は
なにを思ってあんな表情を浮かべたのだろう。
「あか、あしさん」
小さなつぶやきは、届かなくて。
夏の暑さに溶けていった。
藍蘭「リエーフさん。私…」
灰羽「大丈夫。重くないし。」
藍蘭「歩けます。降ろしてください。」
灰羽「さっき、よろけてたから無理。」
なんだか、日向に似ている気がする。
藍蘭「本当大丈夫ですから。」
彼の首に回していた手を離し、降りようと少し離れた。
灰羽「あぶないからっ!やめて!」
藍蘭「なら、おろしてくださいっ!」
灰羽「それも駄目っていった!」
私がもがいたせいで、彼はバランスを崩し、
私を壁に押し付けた。
ぶつかりそうになりギュッと目をつぶった。
灰羽「ほら、あぶないでしょ。」
声が近かった。
顔に息がかかる。
抱きかかえられていた時に感じた、爽やかな香りが
私を包んでいた。
ゆっくりと目を開けると、
すぐそばに彼の顔があった。
彼も壁に体重をかけていて、
私に重なる形だった。
藍蘭「離れてください。」
灰羽「それよりなんかないの?」
藍蘭「…ごめんなさい…。」
灰羽「うん。」
彼が離れると、私は力が抜けてその場に座り込んだ。
灰羽「ほら、大丈夫じゃないでしょ。」
笑顔で私の前に手を差し出す彼は、
私には眩しすぎるくらいに、輝いていた。