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君がいた夏

第3章 譲れないマシュマロ【氷室辰也&紫原 敦】


氷室先輩が闇の中へと完全に姿を消すのを確認すると先に紫原君が呆れ気味に口を開いた。

「…全くさぁ、ナナちん。あんなクサい台詞に揺らいでどうすんのさ?」

「あ、ごめん。私……」

紫原君の言葉が的を得ていて正直冷やっとした私は目を俯き謝る。紫原君には悪いけどあんなイケメンに口説かれたら幾ら何でも揺らいでしまう。

でもここは言い訳をする所ではないので、目を瞑りながら紫原君の返事を待つ。


「…今回は俺がいたからいーけど。次からは気を付けてよね」

「え?」

あまりにも意外な返答にまた戸惑う私。そんな鈍臭い私を紫原君はため息をついてから少々口調が荒くなる。

「だーかーらー、何度も言わせないでよ!そのまんまの意味だから!ほらさっさと帰るよ」

「…うん、ありがとう。そうだね、帰ろっか」

なんだかんだ言って優しいよね、紫原君。
そう彼を見直していると思わずにやけてしまう。

「ナナちん、何笑ってんの?」

「ううん?なんでもないよ」

適当に誤魔化し、私が砂浜に置いた荷物を持とうとすると紫原君がその巨体からは信じられない反射神経の良さで咄嗟に私の荷物を持ってくれた。

「いーよ、ナナちん。俺が持つから」

そう言いながら私の荷物と自分の荷物を肩にかける。
彼が人を気遣うなんて正直信じられないけど、折角持ってくれたからここは素直にお礼を言う事にした。

「…うん、ありがとう」

私なりの精一杯の笑顔で彼を見上げて言う。

「…!ほら、さっさと帰るよ」

暗いからよくわからないけど紫原君が照れてるような気がした。そうだとしたら、ちょっと可愛いかも……。
そんな私を見て紫原君はさっきみたいに私の前に大きな手を差し出した。


もしかして、手を繋ごうとしてくれてる?


頭ではわかっているものの、初めての経験だしなかなか手を真っ直ぐ伸ばせずにいると紫原君が少し強引に私の手を掴む。

そして勿論私は驚き見開いた目で彼を見た。

「…あ、あの」

「…全く本当にトロいんだから。早く行くよ!」

「…あ、うん」

少々呆れているような彼に手を引かれるがまま、私達は歩き出した。
砂浜から出て海岸沿いの歩道を私達は無言で歩いている。あまりの静寂っぷりに私は頭の中でぐるぐると考えを巡らせていた。

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