第5章 散らない花
その衝撃に僕は一瞬身体を強張らせ躊躇したけれど、直ぐに有希ちゃんの肩に手を掛けて優しく擦った。
でも有希ちゃんの震えは一向に治まらず、絶え間なく叫び続ける。
僕は堪らず有希ちゃんの肩を引き寄せ抱き締めると、この小さな身体の何処にこんな力があるのかと思う程の勢いで突き飛ばされ、みっともなく姿勢を崩して背後に肘を着く。
「触らないでっ…!」
そう叫んだ有希ちゃんの荒い呼吸が一瞬止まり、ぐうっと喉を鳴らして胃の中の物を吐き出した。
びしゃびしゃと音を立てて吐瀉物が畳に拡がる。
肩を震わせながら何度も嘔吐を繰り返す有希ちゃんを、僕の胸に押し付けるように抱いた。
もう僕を突き飛ばす程の力が出ない有希ちゃんは、それでも身を捩り何とか僕の腕の中から逃れようともがきながら呟く。
「…………離して…下さい……汚い……から…」
「汚くなんかないよ。」
「汚い…………私は……汚い…………汚い…………」
有希ちゃんはぽろぽろと涙を溢して何度も「汚い」と繰り返した。
「有希ちゃん…大丈夫だよ。
有希ちゃんに汚い所なんて一つも無いんだから…。」
「駄目……私が汚いから…汚してしまう………
綺麗なあの人を……汚してしまうんです…………
沖田さんが……汚れちゃう…」
ここでやっと僕は有希ちゃんがおかしい事に気が付いた。
有希ちゃんの顔を覗き込んで「有希ちゃん、僕を見て。」と、再度問う。
有希ちゃんの虚ろな目が段々と生気を帯びてきて、僕と目を合わせるとびくりと身体を強張らせた。
「………………沖田さん?」
「そうだよ。もう、大丈夫だからね。」
僕の声を聞いた有希ちゃんは安心したように微かに微笑んでから、かくんと僕の腕の中で崩れ落ちた。