第5章 散らない花
「止めろ………総司。」
いつの間にか僕の隣には一君が立っていて、その左手が刀に掛かった僕の手首を掴んでいる。
「何で止めるのさ?……殺させてよ。」
「駄目だ。」
「駄目って………どうして一君が決めるの?
これは僕と平助の問題なんだから、一君はちょっと黙ってて…」
一君は僕の言葉を遮るように、今度は平助を見下ろして言った。
「平助…お前は自室に戻れ。」
「…………なっ」
平助は弾かれたように顔を上げ、
「そっ…そんな訳にはいかねえ。だって……俺がっ………」
と、懇願するような目を一君に向けた。
一君は少し苛立たし気に、怒気を込めた静かな声で平助を説き伏せる。
「お前が此処に居た所で、事態は何も好転しない。
自室に戻って沙汰を待て。」
それでも尚、食い下がろうとする平助に
「いい加減にしろ……平助。」
と、言い放った。
その凄まじい威圧感に怖じ気付いた平助がゆらりと立ち上がり、覚束ない足取りで部屋を出て行こうとする。
そして僕の横を通り過ぎる時に「…ごめん」と小さく呟いた。
平助が出て行くと何故か一君は不自然に僕の正面に回り込んだ。
「一君さあ……何勝手に逃がしてるんだよ。」
「逃がした訳ではない。」
「逃がしたんじゃないかっ。庇ったんでしょ?…平助の事をっ……」
怒りに震える僕の目を、一君が真っ直ぐに見つめて言った。
「総司……お前が一番大切なものは何だ?
平助を殺す事が一番大切なのか?
一番大切なものは有希ではないのか?
その有希の酷い姿を俺に晒し続けていても、お前は平気なのかっ?」
一君のその言葉を聞いて……僕は猛烈に自分を恥じた。
怒りに捕らわれて、自分の感情を抑えきれなくて……
一番大切で守らなくちゃいけないものを忘れていたんだ。
それに気付いた時、さっきの一君の不自然な行動の理由も分かった。
一君は有希ちゃんに背を向けたんだ………有希ちゃんの姿を見ないようにする為に。