第1章 4月の風が吹く頃
以前、どこかで耳にしたことがある。「ドッペルゲンガー」
いつしかルートさんが言っていた、それは自分と同じ姿をした姿が存在することだと。
これはまさに、「それ」でしょう。
「ねぇ、菊さん?」
貴方は私より少しだけ高い声で私に話しかける。
自分と同じ声というのは、外部から耳にしたときは若干違って聞こえるものです。
「私たちが出逢ったら、どちらかは消えてしまいます」
目の前の彼は、暗くも明るくも、喜びも怒りも悲しみも現れぬ顔色で私にそう告げた。
私は頭に浮かんだ言葉を紡ぎ合わせて声にしようとするも、それは一つも掴めずに消えてしまう。
「逢いたいなんて思ったのはどうしてですか?」
どくん、と心臓が跳ねた。
先程と変わらない表情のはずの彼は、その言葉を口にした一瞬、微かに眉間に皺を寄せる。しかしその表情から受け取れる彼の心情は怒りとは違う、悲しみだった。
同じ顔の相手にどうして逢いたいと思ったのか、そう聞かれれば言葉を詰まらせてしまうのはきっと無理のないことだと思う。
彼は、私と逢いたいたくはなかったのか。