第1章 そばにいるから【草津】
「あ、謝らなくていいよ錦史郎!そんな…」
ことで頭を下げなくていい。
そう喉まで出かかった言葉が発せられることはなかった。
突然腕を引かれたかと思えば、背中に腕を回され強く抱きしめられた。
いきなりの状況に頭がついていくはずもなく、口をパクパクさせながら自分の腕のやり場に困っている私の姿はさぞ滑稽なことだろう。
「き、錦史郎…」
「すまない、黙って僕の話を聞いてほしい」
そういった彼の声が、少し震えているように聞こえる。
余程のことだと黙ることにしたらそれを了承と受け取ったのだろう、錦史郎は話し始めた。
「僕は、奴…あっちゃんに嫉妬してたのだと思う。君がいつも彼のことばかり話すから、君を取られると思ったんだ。君があっちゃんと話していたあの日、大事な話があると言っていた君が、彼に思いを伝えるのだと思った。それがたまらなく辛くて…悲しくて…すまない」
錦史郎に言われてあの日のことを思い出す。
確かに大事な話があると言った、由布院さんがいたとはいえ結局最後は熱史くんと二人で歩いた。
前々から私が熱史くんに気があると推測されてたならこの行動は確かに告白のためのものに思える。
「ごめん…錦史郎」
「良いんだ、確認しなかったまま君に当たった僕も悪い」
その声は穏やかで、普段の彼そのままだった。
もう孤独に感じていないことが分かって、嬉しくて彼を抱きしめ返す。
ここが家の前とはいえ人が通るかもしれない道であることを忘れて、彼に回している腕に力を込めた。
「」
「うん」
「好きだ、僕と付き合ってほしい」
「うん………うん?!」
その穏やかに流れる空気のままひたすらに相槌を返していたら思わぬ言葉にも頷いていた。
抱きしめていた腕を離して彼の顔を見ようとするも錦史郎は私を離そうとはせず、それは叶わない。
「き、錦史郎…?」
「仲直りしたんだ、あの告白の返事をしたって良いだろう?」
硬直状態になっている私の髪を愛おしそうに撫でる彼は、そっと私の耳元で囁く。
「好きだ、。幼い頃からずっと」
その言葉を望んでいなかったといえば嘘になる。
でもこの思いを伝えるつもりのなかった私は、突然思いが成就したことに喜びより先に驚きがきてしまっていた。
「錦史郎…ほんと?」
「あぁ」
「ほんとにほんと?」
「僕はこんなことで嘘はつかない」