第1章 そばにいるから【草津】
「ごめん…ごめんね、錦史郎」
熱史くんとのわだかまりが消えるまで思いを伝えないようにしていたことが彼に誤解を与えていたことが申し訳なくて。
彼との仲直りをしきりに勧めるのも錦史郎には悪影響しか与えていなかったことに気づいてすらいなかった自分が悔しくて。
「錦史郎」
「…なぜ謝る」
「気づけなくてごめん、傷つけてごめん」
「そんな謝罪がほしいんじゃない」
「熱史くんのことは勿論好きだよ、幼馴染みだもの」
熱史くんの名を出したとき、再び彼が少し動いた。
それを腕に力を入れて押しとどめる。
「でも違う、熱史くんの話が聞きたくて錦史郎といたわけじゃないよ」
「……」
腕の力を抜き、彼から離れた。
彼自身は既に脱力していて壁におかれていた手もだらりと下がっている。
「錦史郎」
下から顔を覗き込んで錦史郎と目を合わせる。
その瞳からは怒りは消えていて、寂しさと不安だけが揺れていた。
さっきまでの昂りも治まったようで私を静かに見つめ返してきた錦史郎。
「…錦史郎が好きだよ」
「っ、それは」
「幼馴染みとしてじゃない、友人としてじゃない。一人の男の人として…錦史郎が、好き」
彼の目が見開かれる。
目を合わせながら言うのは非常に恥ずかしいけれどこれで彼の寂しさを和らげられるのならやらない選択肢はなかった。
「ごめんね、熱史くんと錦史郎が仲直りしたら言おうと思ってたから変な誤解させちゃって」
「…僕は、」
「いいの、返事はいらない。でも一つだけ覚えててほしい」
「錦史郎は一人なんかじゃない。私がそばにいるから、ずっとそばにいるから」
錦史郎が嫌になるまでね、そう言って悪戯っぽく笑うと、彼はつられたのか少し表情を緩める。
その様子がもう大丈夫そうだったから、もう帰ろうと、扉を開いた。
「一度、ちゃんと話して。熱史くんと」
「…なぜだ」
「熱史くんだって、また錦史郎と話したがってるんだよ」
錦史郎は答えなかったけど、張りつめていた空気は緩んでいたから少しは誤解が解けたのだと思う。
またね、と別れを告げてからふと後ろを振り返ると、ほんの少し笑っているような彼が見えた。