第7章 女を輝かせるのは【下呂】
「下呂さん!」
「その呼び方、止めてよって言ったよね?」
「……あ、阿古哉さん」
泣いていた私を阿古哉さんが見つけてくれたあの日から早くも数ヶ月が経った。
長いようで短かったこの期間、何をしていたかというと。
「うんまぁ綺麗にできてるんじゃない?ネイル」
「!ほ、ほんとですか?」
「僕の言うことが信じられないとでも?」
気分を害したと言わんばかりに目を細めているのに、柔らかそうな桃色の髪を弄る彼は美しい。
そんな彼に、私は美しくなる秘訣を習っているのだった。
きっかけは、出会ったあの日に遡る。
阿古哉さんに手を引かれて連れて行かれた彼の家。
その豪華さに驚く暇さえ与えてくれずに、彼は私をある一室へと通した。
されるがままに座らされ、お茶を出され、お菓子を出される。
"どうしたの?早く食べなよ"
"は、はい!いただきます…"
とは言われたものの、流麗な所作でカップを口に運ぶ彼の目の前で動く気にはなれなかった。
何をしてもこの人の気に触る気がして。
自分がなぜここに連れてこられたのかも分からないのに、下手に怒らせたら更にどうなるかわからない。
そうやっておどおどしていたのもダメだったのだろう、当時まだ名も知らぬ彼はため息を一つつくと腰を上げた。
"はい、あーん"
"へ?!あ、あの…"
"いいから。早く口を開けてよ"
テーブルに置かれていたクッキーを一枚手に取り、私の口の前へと差し出す。
有無を言わせないその態度に思わず口を開けると、中にクッキーが飛び込んできた。
"…美味しい"
"当然。僕の御用達店の新商品だからね"
口に広がる丁度いい甘さに顔を綻ばせる。
口から出た称賛に彼も機嫌を直したのか、得意げに笑った。
"で、どうしてあんなところで泣いてたのさ"
"…告白したら、振られて。お前みたいなブスと付き合うわけないって、言われてっ…"
思い出すだけで目頭が熱くなる。
遠くから見つめているだけだったのを、なんとか勇気を出して思いを告げた。
それを、あっさりと壊されてしまった。
"うっ…ひっく"
再び流れ始めた涙を、顔を覆って隠す。
初対面の人にこんな醜態晒すなんて、恥ずかしいと同時に申し訳ない。
しかし、彼はそんな私にデコピンを食らわせたのだ。