第6章 優しくて、大好きで【鬼怒川】
有無を言わせず彼を連れてきたのは人気のない公園。
お互いそんなに運動をする方ではないから全力疾走した後はしばらく息が乱れて話せなかった。
それでも腕は掴んだままで、ようやく落ち着いた私たちはベンチに腰掛ける。
「熱史くん、さっきは…ごめんなさい」
「いいよ、気にしてない。それより、怒った訳を教えてくれないかな」
一方的に怒って家を飛び出したのに、あっさり許してくれる熱史くんは心が広い。
でも、その訳は推測出来なかったなんてちょっと鈍感じゃないだろうか。
「熱史くんは私のことなんてどうでもいいのかなって思った、から」
「え?!いや、俺はそんなこと」
「大丈夫、もう分かってる。由布院さんに聞いたから…ありがとう、熱史くん。私のこと大事にしてくれてるって、信じてる」
「ちゃん……待って、"煙ちゃんに聞いた"?」
微笑む熱史くんの顔が固まる。
どうやら本当に由布院さんは自分の意思で勝手に来たらしく、色々とバラされた熱史くんの頬は赤く染まっていた。
「不安なのも寂しいのも変わらないけど…でもきっと大丈夫。熱史くんに相応しい人間になって帰ってくるね」
「俺も、君を守れる男になっておかないとね」
少し空いていた彼との距離を詰めて、その肩に頭を預ける。
優しく撫でてくれる彼の手は温かい。
その温もりを忘れないように記憶に刻んで。
「私、卒業したら海外に行く」
「うん、頑張れ、ちゃん」
「ありがとう…熱史くん、時々会いに来てね?計画通りに」
「えっ?!なんでそのこと知ってるの」
「由布院さんが見せてくれた」
「煙ちゃんってばもう…」
あの時由布院さんに渡されたノート。
そこには外国に行くときに必要な費用や航空便についてまとめてあった。
そのためにバイトをいくつやるか、どれくらいシフトを入れるか。
行く国ごとに、丁寧に書かれていた。
「熱史くんがこれだけ頑張ってるんだもん、不安とか言ってられないよ。熱史くんが来た時の通訳も案内も私がやるから!」
「うん、期待してるよ…通訳さん」
さらりと彼の髪が頬に当たる。
ふと頭を上げて彼を見ると、それが合図だったかのように自然と唇が触れた。
不意打ちなんてズルイと膨れる私を見て慌てる熱史くん。
そんな彼にお返しとばかりにキスをした。