第6章 優しくて、大好きで【鬼怒川】
"彼女の夢、通訳なんだ。だから1度は留学することになると思うけど、俺はそれを止められないだろうね"
"何で?やっと付き合い始めたんだろ?"
"あの子の未来の邪魔なんて出来ないよ。たった数年俺が我慢すれば良いだけなんだから"
"向こうだって寂しいのにか?"
"それはお互い様だし…大丈夫、それについてはちゃんと考えてる。俺はね、煙ちゃん、彼女の邪魔だけはしたくない。あの子の背中を押してあげられる大きな人間でありたい"
「ちゃんの隣に立ってて恥ずかしくない、良い彼氏でいたい…」
熱史くんの言葉を反芻する。
すればするほど彼の思いが私の心に広がって、じわりとしみこんでいく。
同時に彼への愛しさが溢れ出てくるのだ。
「バカ、バカだね…熱史くん…」
「感動するのはまだ早いぜ」
「え?」
そう言いながら差し出されたのは1冊のノート。
表紙には何も書いておらず、とりあえずページを捲ってみると目に飛び込んできたのは見慣れた字。
「こ、これ熱史くんのじゃん!どうしたの?!」
「ちょっと借りてきた」
いいから読んでみろと促され、改めて最初のページから文字を辿り始めると、その内容は私の目頭を熱くした。
抑えられない愛しさと申し訳なさが自然とページを捲る速さを加速させる。
最後のページを読み終えた頃には我慢できなくて、ノートを大事に抱きしめると共に由布院さんに向き直った。
「…由布院さん」
「どーした?」
「ありがとうございました。…私、熱史くんともう一度話をしてきます!」
「…おー」
玄関前で由布院さんと別れて走り出す。
アツシは多分本屋とか行ってんじゃねぇの、と去り際にさり気無く教えてくれた彼に感謝しながら、暗くなり始めた街をひた走る。
1人で勝手に落ち込んで、腹を立てた自分が恥ずかしい。
熱史くんは私のことちゃんと考えていてくれたのに。
「熱史くんっ……!!」
彼がいつも行っている本屋に飛び込むと、ちょうど会計を終えたらしく本の入った袋を受け取る熱史くんと目があった。
「…ちゃん?どうして…」
息を切らして来た私に何事かと近寄ってくる彼。
その腕をがしっと掴んで熱史くんを見上げた。
「ちょっと、時間下さい」
「え?あ、ちょっと…!?」