第6章 優しくて、大好きで【鬼怒川】
「怒ってるかな…熱史くん」
家に駆け込み、部屋に閉じこもりながら先ほどのことを思い出す。
学校から直接熱史くんの家に飛び込むと、彼は驚きながらも私を部屋へと招き入れてくれた。
その後私が話すのを相槌を打ちながら真面目に聞いてくれて。
留学という単語を口にしたとき、一瞬彼の顔が強張ったのもわかった。
それが嬉しかった。
ああ、やっぱり熱史くんは止めてくれる。
夢よりも熱史くんのそばにいることを優先したかった私は、誰かに行かないでと腕を引いてもらうことを望んでいたから。
そして願わくばその腕を引く人が、彼であってほしかった。
なのに、彼は止めるどころか背中を押した。
「海外でも君ならやれるよ」
そんな言葉、聞きたくなかったのに。
寂しいのは私だけじゃないって感じたかった。
胸に湧き上がる漠然とした不安を誰より信頼できるあの人と共有したかっただけ。
「熱史くんは不安じゃないの…?」
通訳のための留学と言えば1年かそこらでは帰ってこれない。
会える機会なんて片手で数えられるほどだろう。
そんなの、不安だ。
私と離れている間に彼に別の好きな人ができたらどうしよう。
戻ってきたとき、彼の隣という居場所が私のものじゃなくなっていたら。
そんなの、嫌だ。
「熱史くん…」
誰にも渡したくないあなたの近くにいたいと願うのは、私のわがままですか。
そう思っているのは、私だけなんですか。
彼の名を何度も呼びながら、気づけば私は眠りについていた。