第6章 優しくて、大好きで【鬼怒川】
近所に住む熱史くんは、優しくて頭が良くて頼りになる、私にとって完璧な人間だった。
近所で同い年だからというだけで私といつも仲良くしてくれた彼は、高校は男子校に行ったから学校は違う。
それがきっかけで疎遠になってしまうのではないかという私の心配なんて知らないだろうに、離れてからも私を見つけたら声をかけてくれた熱史くん。
勉強も教えてくれたし、時には彼の友人と遊ぶときに混ぜてくれた。
そんな思いやりがあって、王子様のようだった彼に、息をするのと同じくらい当たり前に恋をした。
そして、色々あって熱史くんと付き合うようになったのが高校3年の秋。
それは私がある選択を迫られた、別れの季節だった。
「え…留学?」
「そう、さん将来通訳になりたいって言ってたでしょ?そしたら卒業後は海外で語学研修した方がいいんじゃないかと思って」
教師から渡された紙をぼんやりと見つめる。
確かに私の希望の進路は通訳で、そのためにこうして道を示してくれるこの先生は良い人なのだ。
今後のことを考えたらこの話に飛びつくべきなのだろう。
だけどどうしても、踏み切れなかった。
「考えさせてください」
そう絞り出して職員室から出た途端走り出した。
熱史くんに会いたくて。
やっと心が通じ合えた彼と高校卒業してすぐに離れなければならないなんて嫌だった。
海外に行けば、会うことはおろか連絡を取ることさえ難しくなる。
そんなの寂しい。
嫌だ。
彼と離れた生活なんて不安しかない。
だから熱史くんに止めて欲しかった。
僕も寂しくて、不安だと。
そう言って抱きしめてほしくて、無我夢中に足を動かした。
なのに。
「うん、良いんじゃない?僕は応援するよ、ちゃんのこと」
彼は真逆の発言をしたのだ。