第5章 可愛いだけじゃない【箱根】
湯基くんと言えば、初めて会ったときはその可愛らしさに女の子かと思ってしまった。
強羅くんに言われて初めて男の子と気付いて慌てて謝ったら、彼は陽だまりのような温かい笑みで首を振ってくれたことを今でも覚えている。
あれから弟のように思ってきた、大好きな人。
その関係にほんの少し物足りなさを感じていたことを、今の私はまだ、知らない。
「うん、美味しかった!ご馳走様です」
「よかったっす!」
取っておいてくれたフルーツ牛乳を飲み干す。
冷たい牛乳が流れ、火照った体を少し冷やしてくれる。
これぞ銭湯だよね。
「ありがとう湯基くん、わざわざ」
「いいっすよ、俺がさんのためにやったことなんすから」
「……え?」
突然の言葉に反応が出来なかった。
私のために、それはきっとお得意様だからとか仲がいいからとかそんな理由なのに。
なぜだか私の心臓が音を立てる。
そのとき、一瞬だけ湯基くんが1人の男の人に見えてしまった。
「俺、さんの笑った顔が大好きっすから!」
深い意味なんてない。
大好きなんて言葉、昔からよく言われていたじゃないか。
なのに、なのになぜ。
「…さん、顔赤いっすよ?」
私はこんなにこの人から目が離せないんだろう。
上目遣いで私を覗き込む、いくつも年下のこの人から。
湯基くんの瞳が、いつものような丸くて純粋な"男の子"ものではなく、
力強い意志を持ち、獲物を捉えて離さないような"男"のものに見えた。