第5章 可愛いだけじゃない【箱根】
近所の銭湯、"黒玉湯"は人気交流スポットだ。
…いや、人気は言い過ぎかもしれないが、行く人が皆そこを居心地よく思っているのは確かだと思う。
源泉掛け流しがウリの温かなお風呂。
風呂上がりに飲むと美味しい冷えた牛乳。
そして、
「いらっしゃい!!」
番台で迎えてくれる、彼の笑顔。
それらが、行く人の心を癒すのだ。
「こんにちは、湯基くん」
「いらっしゃい!さん、いつもありがとっす!」
自宅に風呂がないわけじゃないのについここに来てしまう私、はここのお得意様的存在である。
おかげで番台によくいる"黒玉湯"の息子の1人、箱根湯基くんとも顔なじみとなった。
元々箱根家の長男、強羅くんの同級生だったことからこの銭湯の存在を知った私だったけど、今では湯基くんの方がよく話すかもしれない。
それでも強羅くんと話さないわけじゃなくて、時々薪割りをしている彼と近況報告し合ったりもする。
そうすると大抵最後は彼による湯基くん自慢へと発展し、そこに湯基くんが来て強羅くん自慢も聞くことになってしまうのだが、その時間は案外心地よかったり。
まあつまるところ、お互いが大好きな箱根兄弟が、私は大好きなわけだ。
「いいお湯いただきました」
今日もいつものようにお風呂を満喫して脱衣所で服を着ると、それを待っていたのか湯基くんが冷えた牛乳を差し出してくれた。
「さんはこれっすよね!」
「わぁ、フルーツ牛乳取っておいてくれたの?ありがとう!」
銭湯といえば風呂上がりの牛乳。
中でも私はパインのフルーツ牛乳が好きで、ここに来ると決まってそれを飲んでいた。
でもこれ、黒玉湯ではわりと人気で時折売り切れていたりもする。
今日はいつもより来るのが遅かったからもうないと思っていたのに。
「この間来たとき売り切れてて、しょんぼりしてたから!」
そうやって純粋に人を喜ばせようとしてくれるこの人は優しい人だ。
そして、笑顔で礼を言うととびっきりの笑顔で返してくれる。
その少年のような可愛い笑顔が、大好きなのだ。