第8章 近くて、遠い【笠松】
「笠松、プリント集めるって」
「おう」
「笠松、教科書忘れたから見せてくれる?」
「おう」
「笠松、宿題見せてくれる?」
「おう」
それから、彼との会話はこんな感じ。
私が一方的に話しかけ、笠松が端的に返事をする。
どの女子ともこういった会話しかしないから、私だけが嫌われているわけじゃない。
それはわかってるし仲良くなりたいわけではなかったけれど、これだけの関係というのも寂しく思う自分がいた。
「笠松先輩っ」
「黄瀬?何の用だ」
そんなある日、
彼の後輩がうちの教室へとやってきた。
その姿が見えた瞬間女子から黄色い悲鳴が上がる。
それもそのはず、現れたのはモデルとしても活躍しているバスケ部エース、キセキの世代の1人、黄瀬涼太だったのだ。
「いやぁ、オレ今日部活遅くなるんで伝えとこうかと」
「あ?なんでだ」
「今日提出のプリント忘れてて」
「しばくぞ、黄瀬コラ!」
「いてっ!もうしばいてるっスよ!?」
連絡をしに来た黄瀬に対する笠松は教室で見たこともないような活き活きとした表情をしている。
これが本来の彼の表情。
それを意識すると少し寂しい。
その姿を、表情を、教室でも…私の目の前でも見せて欲しいのに。
「…何思ってるんだろ、私」
「ん?あれ、理央奈っち?」
独り言をつぶやいたのが失敗だった。
私を見つけた黄瀬は目を輝かせてこちらにやってくる。
「なんでここにいるんスか?え、まさか海常の生徒?」
「そのまさかだけど」
「なんだ、てめぇら知り合いか?」
「…ちょっとしたことでね」
きっかけは本当に些細なことだった。
少し甘いものが食べたくて適当に買ったアイスを、食べる直前にファンに追われていた黄瀬とぶつかって落としたのだ。
それを弁償するのしないので会話して、なぜか向こうに気に入られて、互いに名乗り合った。
私は彼が同じ高校と知っていたが、彼はそうではない。
驚いてると同時に嬉しいようで、運命っスね!とか言いながら私の手を握って上下に振る彼はなんとなく可愛らしくて、笑ってしまった。
と、その時。
「黄瀬、もう用は済んだろ」
私と黄瀬の手を離すもう一つの手、
それは笠松のものだった。