第65章 星空
どこの世界に、機嫌を損ねた恋人のご機嫌取りにキスする男がいるのだろう。
ドラマか、漫画か、小説か。
いやいやそれが、目の前に……居た。
何が悔しいって、その少し触れただけのキスで、すっかり怒りの気持ちが治まってしまっていた事だった。
「キゲン、直った?」
「しっ、しらない!」
涼太は満足そうに私の手を引いて、受付へと歩いていく。
このひとには本当に、勝てそうにない。
人生初のプラネタリウム。
客席はやはり映画館とは違う造りになっていて。
私は一体何がどう始まるのか分からないまま、座席に座っていた。
「……ねえ、これってこんなにリクライニングしてていいの?」
「うん、上を見るからね」
涼太はまた笑ってる。
涼太はふたりの間にあるひじ掛けを手つきよく仕舞うと、私の右手を攫っていった。
薄暗い中で、繋がれた手に全神経が集中して、熱が集まっているかのよう。
ドキドキして、落ち着かない。
「これね、"ヒーリングプラネタリウム"って言うんだって」
「ヒーリングプラネタリウム? 普通のプラネタリウムとどう違うの?」
元々、普通のも知らないんだけど……。
「アロマを使ったりで、癒されるって。
みわの疲れも少しは取れるといいっスね」
その思い遣りの気持ちに、ひたすら頬が熱くなるのを感じる。
なんで、貴方はいつもそうやって……。
何も返せず、返事の代わりに手を強く握ると、同じく少し力を入れて握り返してくれた。
涼太、ありがとう。
上映開始のブザーが鳴り、いよいよ周りが真っ暗になる。
天井は夕焼けから始まり、優しい語り口のナレーターのお話とともに、夜になっていく。
「わ……ぁ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
大きなものから小さなものまで、天井一面の、星。
ゆったり語られるおとぎ話と共に、香りが鼻をついた。
柑橘系の爽やかな香り。
なんて幻想的な世界なんだろう。
好きなひとと、なんて素敵な時間。
そして秋の世界から、場面は冬へ。
暫くすると、また場内を包む匂いが変わる。
なんだか今度は少し大人の香り。
すうっと深く吸い込むと、気持ちが和らいでいった。
右手はずっと温かい彼と繋がったまま。
幾千万の星に囲まれて、ふたりだけがこの世界に存在しているようだった。