第82章 掌中の珠
腰に巻き付いた腕は力強くて、緩む気配はない。
しかも、足まで絡み付いてきた。これは絶対、抱き枕か何かと勘違いしてる。
背中に触れている黒子くんの温度の高い胸が、ゆっくりと上下しているのを感じる。鼓動まで伝わってしまいそうな距離。
どうしよう。
腕や足を解こうと手をかけようとしても、ホールドされているこの状況では思うようにならなくて。
なに、黒子くん、なんで?
疑問符ばかりが行き交う脳内で突然再生されたのは、トイレから戻って来た時の黒子くんの発言。
"思えばこの家、間取りがボクの実家と結構似ています"
……やっぱりそうだ、寝惚けて間違えたんだ。
もうこうなったら仕方ない、ここは大きな声を出して起こ
「……みわ、さん……」
「は、はいっ」
刹那、突然耳のすぐ近くで名前を呼ばれて飛び上がらんばかりに驚いた。身長が近いから、当たり前なんだけれど。
初めて聞いた声だ。
続く言葉を待っていたんだけれど……訪れたのは沈黙。
あれ……?
「……黒子、くん?」
……?
今、呼ばれたよね?
……もしかして、寝言、だった?
「黒子くん、ねえってば」
申し訳ないけれど、このままではいられない。
もうなりふり構わず全力で這い出ようとした瞬間……フッと、身体にかかっていた重みが抜けた。
「こーら、黒子っち」
頭上から聞こえた、その声は。
「涼太!」
自由になった身体をなんとか起こし、振り返るとそこに寝ていたのはやっぱり黒子くんで。
「まったく、油断も隙もないっスね」
「ん〜……」
黒子くんは、涼太が両わきに腕を入れてずるずると引きずってベッドからおろしても、全く起きる気配がない。
「トイレ行ったきり戻って来ないと思ったら」
「びっくり……した……」
薄暗い中、涼太の姿を見て心底ホッとした。
閑田さんに押し倒された時みたいに恐怖に支配されていた訳ではないけれど、どうしたら良いのか寝起きの頭ではすぐに解が導き出せなくて。