第64章 魔性の女
ドアに『黄瀬』と書かれたプレートが入っているのを見て、ドキリとする。
もう、彼の名前を見ただけで胸が落ち着かなくなるんだ。
ドアノブを握ると、引っかかりはなくするっと開いた。
ドアを後ろ手に閉めて、カギをかける。
「……涼太? 入るよ」
部屋に足を踏み入れると、手に持ったビニールの袋がカサッと鳴り、その音が予想以上に大きく響いた。
何故かドキドキしながら部屋へ向かう。
「涼太?」
ベッドを見ると、布団が大きく盛り上がっている。
メールを貰ってからそんなに時間は立ってない筈だけど、寝てしまっているのか。
覗き込むと、目を閉じて横たわっている涼太の姿が目に入ってきた。
……寝ちゃってるみたい。ご飯は食べたのかな。
音を立てないように、コンビニで買った小さいサイズの風邪薬にレンジで温められる食事、スポーツドリンクや中村先輩に貰った冷却シートなどを出し、テーブルに並べた。
起こした方がいいかな。
置いてあれば、起きてから食べるかな。
柔らかい曲線を描いている瞳に、長い睫毛。
スッと通った鼻筋に、薄く整った形の唇。
額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
「……うつっちゃうよって、言ったのに」
自分の持っていたタオルで、形のいい額を拭った。
「……みわ?」
「あっ、ごめんなさい、起こしちゃった?」
「……あー、オレこそごめん、寝てた……」
起き上がった涼太が、手の甲で額に張り付いた髪をかき上げる。
その仕草が妙に色っぽくて、それどころではないのに目を奪われてしまった。
「あの、色々持って来たから……。
ごめんね、うつしちゃって。薬飲んだ?」
テーブルへ向き直ると、背中から突然抱きしめられた。
「みわ……会いたかった……」
「りょ……っ、涼太!?」
背中に、熱い彼の身体を感じた。