第64章 魔性の女
「す、すみません今メールします……」
「返事が来てから行った方がいいな。寝てたら最悪だし」
そうだ……そんな事も考えないなんて、バカなのか。
"涼太、様子を見に行こうと思います。
カギ、開けておいてくれる?"
焦って物凄く簡素なメールになってしまった。
「送った?」
「はい、送りました」
「ちょっと返事待つか」
「そうですね」
しばしの、沈黙。
思えば、中村先輩とふたりきりになる事って今までなかったかもしれない。
「……今年こそ」
「はい」
「今年こそ、優勝するぞ」
「……はい!」
「マネージャーの事とか、任せっきりにしてごめんな。
うまくフォロー出来たらいいんだけど」
「いえ、後輩マネージャーを指導するのは私たちの仕事です。
先輩方は、プレーに集中してください」
「本当に頼もしいな、神崎は」
中村先輩の手が私に伸びてくる。
なんだろう?
伸びた手がふわっと髪に触れた。
「髪、葉っぱついてる」
「あ、ありがとうございます」
「……黄瀬とはうまくいってるみたいだな。あいつ特殊だから、苦労するだろ」
「あはは、特殊ですか? むしろ私の方が苦労ばかりかけてますよ」
「いいな、好きなヤツとずっと一緒に居られるって」
中村先輩は、眼鏡の奥の瞳を少し伏せた。
「先輩、好きなひとがいらっしゃるんですか?」
「……ああ、いるよ」
「お付き合いはされてるんですか?」
「いや、生憎絶賛片思い中だな」
まさか先輩と恋バナをする事になるとは思わなかった。
「どんなひとですか? この学校の子ですか?」
「そうだよ。後輩だけど。優しくてキラキラしてて、なんか……眩しいヤツかな。
……まあ、彼女には彼氏がいるから、叶わない恋だけど」
「そんなの分からないじゃないですか! もしかしたら、実はその子だって先輩の事を想っているかもしれないですよ!」
「……そうかな」
「そうですよ!」
つい熱弁をふるってしまった。
だって、人生どうなるかなんてわからないもの。
丁度、手の中のスマートフォンが、涼太からのメールを受信した。
「あ、返事が……先輩、ありがとうございました!
行ってきます!」
「……ああ、行ってこいよ」