第64章 魔性の女
「そうする事でしか、あの子は自分を守る事ができなかった。
あの子を守ってあげられる人間が、あの子の近くにはずっといなかった」
みわの気持ちを考えると、胸が痛くて張り裂けそうだ。
誰も味方がいない、ここまであんなに真っ直ぐ生きてこられたのが奇跡なほどだ。
……いや、あの刑事に会うまで、みわは自殺まで試みたと言っていた。
彼が、当時のみわにとって心の拠り所だったんだろう。
今となっては会う機会もないが、心の中で礼を言った。
「記憶喪失……とか、そういうのじゃあないんスかね」
「そうね……厳密にどう区別しているのかは、私も詳しい事は分からないけれど『喪失』とはまた違うようなの。
あの子が貴方の事だけは思い出せたように……。
きっと、いつも何かのきっかけで、自分を無意識に守ってしまっているんだと思う」
「いつ戻るか、とかそういうのは分からないんスね」
「そう。この間、ここで過去の事を鮮明に思い出してしまった時のように、いつ何が引き金になるかが分からない。
……そんな子でも、貴方はみわと一緒に居てくれるかしら」
「……そんなの、質問にすらなってないっスよ」
「黄瀬さん、お願い。
あの子に……『愛』を教えてあげて」
暗く冷えた廊下。
年季の入った床板が、オレの体重を感じてギシギシと軋む。
みわの部屋へ再び戻ると、みわは安らかな表情で眠っていた。
熱もだいぶ下がっているようだ。
みわの耳元へ唇を寄せる。
「みわ……。 ──────」
そう誓い、小さな唇に自分の唇を優しく重ねた。
しっとりと濡れた唇は、温かかった。