第64章 魔性の女
「黄瀬さん、お疲れ様」
「みわ、ちゃんと寝たみたいっス」
「そう、眠れたなら良かった」
幾度となく食事をご馳走になった居間へとオレは降りてきた。
「すぐ、ご飯にするわね」
「あ、スンマセン」
どうにも勝手が分からないので、配膳くらいは手伝う事にする。
「久しぶりね。1月に会ったのが最後かしら?」
「ハイ。……この間は取り乱してしまって、すみませんでした」
1月、みわが黒子っちと会っている時に、オレはみわに内緒でお祖母さんに会いに来た。
みわと母親との関係を知りたくて。
あの時は結局、話の大筋を聞いた時点でオレは狼狽し、冷静でいられなくなってしまった。
あれから、改めてきちんと話を聞きに来ようとしたけれど、オレの中のオレが真実を聞くのを拒否してしまっていた。
「みわのお父さんの話は……この間聞いたんですけど、お母さんって、近くに住んでるんスか?
どうしても、本人には聞き辛くて」
「そうね、あの子に聞いても、何も分からないと思うから」
「そう……なんスか?」
「あの子ね、殆ど過去の記憶がなくなってしまっているのよ」
「過去の……」
過去の、と言ってもオレ達はまだ高校2年生だ。
たかだか17年しか生きていないというのに、過去というのは一体どの位のことなのか。
「なんか……事故とか、あったんスか? この間の事件の時みたいに」
「きっかけは……父親のことだったと思うわ。
でもそれから、ショックな事があるとあの子は自分の記憶にフタをするようになってしまった」
「フタ……っスか」
「どんな大きな病院で診て貰っても、身体的な異常は一切なかった。
考えられるとしたら、幼いみわが自己防衛として、記憶を封じ込めてしまっている事しか考えられないって」
本能で自分の記憶を閉じ込めてしまう。
一体どれだけのストレスがあの小さな身体にかかっていたのだろうか。