第64章 魔性の女
結局、風邪だと言うことで風邪薬を処方されて帰ってきた。
「あらあらみわ、風邪?」
「ごめんね、咳とかはないんだけど……。
薬飲んで寝るよ」
おばあちゃんが作ってくれた雑炊を食べて、布団に入る。
……比較的最近は寝つきが良くなった方だけれど、少しこころが不安定になると、眠れなくなってしまう。
涼太と一緒に眠っていた時には必要なかった睡眠導入剤の服用も、増えてきた。
寝なきゃ寝なきゃと思うほどに、寝付けなくなってしまうんだ。
でも今日は強めの風邪薬を飲んでいるから、きっとちゃんと寝付けるだろう。
あまり、考え事をしないように……。
皆、練習で困ったことなかったかな。
メモを渡したけど、スズさんはちゃんと参加出来ただろうか。
あー、また考え始めちゃう。
軽く寝返りをうつと、枕元に置いてあったスマートフォンが振動した。
キオちゃんだ。
"お疲れさま。具合はどう?
みわちゃんからのアドバイスのお陰で、
今日の練習は無事に終わったよ。
調子悪かったら明日、無理しないでね"
無事に終わったという文字を見て、ほっとした。
"キオちゃん、ありがとう。
無事に終わって良かったです。
風邪みたいなので、すぐに治さなきゃ。
迷惑かけて、ごめんなさい。"
メールを返信すると、瞼が重くなってきたのを感じる。
よし、眠気がやってきた。
こうなったら何も考えずに……
眠る……だけ……
暗い、暗い、冷たい。
まるで、井戸の底みたいに、暗い。
ぴちゃん。
足元には水が張っている。
水に、何かがぼんやりと映し出される。
このひと……この顔……誰だっけ。
思い出せない。
視界が開ける。夢だったのか。
誰だったっけ、あれ。
覚えているような感じはするのに、今思い出せる限りで考えてみても、全く心当たりがない。
「うーん……」
「……みわ、大丈夫っスか?」
「!?」
その声に、驚き飛び起きた。
部屋の入り口に、涼太が立っている。
「あ、涼太……来てくれたの?」
「具合どうかなって。練習は無事に終わったっスよ」
「ありがとう」
「あら黄瀬さん、中に入っていいのよ」
おばあちゃんが、お茶の乗ったお盆を持って部屋に入ってきた。