第64章 魔性の女
大きく息を吸い込むと、雨の余韻が肺に入り込んでくる。
甘いみわの唇の感触に思わず舌を出し、走り出した。
みわは、オレにとって興奮剤であり、鎮静剤のようだ。
練習や試合では背中を見守ってくれているというだけで勇気や力が漲ってくるし、
抱けばこれ以上なく興奮するとともに、驚くほど気持ちが落ち着く。
本当に大切な、守りたい存在なんだ。
今までは全て自分の為だけに、頑張ってきた。
青峰っちに憧れて、バスケを始めた。
バスケをする毎日が楽しくて仕方がなかった。
皆がすれ違い始めて、またやるせない日常が訪れた。
そのままオレ達は道を違え、誰ひとりとして同じ学校へは進学しなかった。
高校に入学したオレは、空っぽだった。
去年の練習試合で黒子っちに負けるまでは負けすらも知らなかったし、勝ちたいという貪欲な気持ちになる事もなかった。
みわに出会うまで、女の子は暇つぶしの相手でしかなかったし、身体を重ねて、感極まって涙を流すなんて考えられない事だった。
自分の力で、誰かを守りたいと思うのなんて初めてだった。
過保護にして、何が悪い。
これからも、彼女には過保護すぎるくらい過保護になるつもりだ。
それは絶対に譲らない。
体育館に戻ると、既に基礎練習が始まっていた。
早川センパイに挨拶して、オレも軽く柔軟をしてからコートに入る。
ちらりと見まわすと、今日の1軍のマネージャーはキオサンとスズサンのようだ。
ふたりで恐らくみわが書いたプリントを見ながら、ああでもないこうでもないと話している。
その後の練習は、みわのアドバイスあってか特に不便を感じた事もなかったけれど、やはり体育館の空気はいつもと違っていた。
みわがいないコートは、何故かとても寂しく感じる。
そう感じているのは、オレだけではないだろう。
なんとなく、今ひとつ覇気に欠けているような空気がある。
やはり、大切な仲間が倒れたと聞いて皆不安なんだろうか。
みわ、ここにもみわの居場所がちゃんと、あるっスよ。
だから、早く帰って来て。