第64章 魔性の女
「やっぱりタクシー乗らない?」
涼太はバスを数秒見つめて、そう言った。
最近の彼は少し過保護すぎやしないだろうか。
「大丈夫、ありがとう! また明日ね」
それでも、練習の時間を割いてこうやって見送りに来てくれたのは嬉しい。
早く、体調を整えて私も練習に出なくては。
バスに乗り込みICカードで料金を支払うと、涼太が後ろについてきている。
「……涼太? 何してるの?」
「何って、バスに乗ってるんスけど。ほら奥、座って」
え?
ぽかんと口を開けている私は、車内奥のふたり掛けの椅子の窓際に座らされた。
「え、練習は? すぐ近くなんだから、ひとりで帰れるってば」
「いや、みわのお祖母さんちから走って帰ってくればランニングの代わりにしてくれるって早川センパイに交渉済みだから、大丈夫っスよ」
一体なんの交渉なのか。嬉しそうにニコニコしている。
なんだかんだいつも涼太のペースなんだよね……と深くため息をついていると、携帯のシャッター音がいくつか聞こえた。
顔を上げると、同乗している海常の制服を着た女子達が、こっそりと涼太を撮影していた。
チラチラとこちらを見て、くすくす笑っている。
なんだか、感じ悪い。
それに、勝手に写真をああやって撮るなんて……
一言言ってから撮る子なら、校内でもよくいる。
でも、あんな風に好き放題撮っていい訳がない。
注意しなければと身体を起こすと、大きな手で制止された。
「みわ、いいから」
「えっ……」
涼太は彼女達をチラリとも見ずにそう言った。
「大丈夫、慣れてる。着いたら起こしてあげるから寝てていいっスよ」
そう言われてしまっては、私がひとりで怒り散らすのもおかしな話だ。
でも、やっぱり腑に落ちない。
彼女たちはコソコソと何かを話しながら、またカメラをこっちに向けている。
とにかく涼太が彼女たちの好奇の目に晒されるのが嫌で嫌で堪らない。
こんなことなら、バスではなくてタクシーにすれば良かった。
「……涼太、ごめんなさい」
「ん?」
「私がバスにするって、言い張ったから」
「気にしてないって。ほら、寝ちゃいな」
涼太の肩に頭を置くと、なんだかそれだけでザワザワしていた胸の中のものが薄らいでいくようだった。
きっとこういう事も、今後沢山あるんだろう。