第64章 魔性の女
「スズさん、涼太の事が大好きなんだよね」
「ああ、そうみたいっスね」
あの露骨なアプローチなら、きっと笠松センパイでも気が付くだろう。
「私も、頑張らなきゃ」
「ん? 何を?」
もう既に頑張りすぎるほど頑張りすぎているのに、これ以上何を頑張るというのだろう。
「涼太みたいに、笠松先輩みたいに……この人の背中を見ているだけで、ついていきたいと思えるような先輩になりたい」
そう言ったみわは、既に立派なセンパイの顔だった。
彼女の背中を見て憧れている人間は、もう沢山いる。
「みわらしく、ね」
「うん、ありがとう、涼太」
そう言って微笑んだ顔はいつものみわだった。
「でも、見つかって良かったっスね」
あのゴミの中から細いネックレスを見つけ出すなんて、それこそキセキみたいな話だ。
「うん……でも、キズついちゃったな……」
しゃらんと手の中にある指輪付きのネックレスを寂しそうに見つめて、みわはぽつりと呟いた。
「どれ?」
「……ここと、ここ。多分、落とした時か捨てられた時に擦れちゃったのかな……」
それはほんの少しのキズ。
日常的にアクセサリーを使用していて付くキズよりも若干大きいが、それほど神経質になるものではないような気もする。
それでもこの落ち込みよう。
……彼女が、どれくらいこれを大切にしてくれていたのかが分かる。
みわは気づいてないかもしれないけど、多分あの指輪は、誰かが故意に捨てたものだ。
ポーチに確かに入れた筈だというみわの記憶は間違っていないだろう。
根拠はないけれど、誰かの悪意を感じた。
恐らくその"誰か"は、身近な人間だ。
みわの荷物から盗む事が出来るヤツ。
「なんで、落としちゃったんだろう……ホントにばか」
みわは、その可能性なんてカケラも考えていない。
こんなに純粋なみわが傷ついているのを見て、胸が痛んだ。
その涙がうっすらと滲んだ瞳を見るのが辛い。
「これからは気をつけなきゃ……」
ぎゅっと抱きしめるように胸元にネックレスを収める姿に、オレの身体は勝手に動き出していた。