第64章 魔性の女
「あ、おかえりなさい」
みわのその声に、ふたりで暮らしていた時を思い出した。
たった数ヵ月だったけど、楽しかったな。
「まだ乾燥終わるまでは時間がかかりそうっスわ」
「そっか、ありがとう。でも、もうこんな時間……」
みわはメンバーのノートを広げて作業をしていた。
今日の分のまとめでもしてくれていたのだろうか。
「タクシーで送るっスよ」
そう告げると、みわは少し困った顔をした。
高校生にタクシーというのはなかなか乗り慣れない。
「……そうなるよね。自分で出すから大丈夫、ありがとう」
ちゃんと出してあげるつもりだが、ここで論争してもラチがあかないだろうから、それに返事はしないでおいた。
ふたりで、温かいミルクティーを口に含む。
「なんだか、ホッとするね」
「そうっスね。……みわ、愚痴くらい聞くっスよ?」
「ん? 愚痴?」
みわは、なんのこと? とでも言いたげな顔で返してきた。
「スズサンっスよ。手、焼いてんでしょ」
「ん~……そうだね、手を焼いているというよりは……どうやったら伝えられるのかなって結構手探り状態」
「アタマきたりしないんスか」
「自分の力不足にイラついたりはしちゃうかな……。
もっとうまく言ってあげられればいいのにって」
「ホントにどんだけお人好しなんスか」
「……無駄、じゃないと思ってるんだけどな」
みわが、手元のノートに目線を落として言った。
オレ達ひとりひとりのデータが取られているノート。
今までは、みわが見ている1軍の分しかなかったこのノートだが、キオサンがそれに感化され、2軍や3軍の選手についても、少しずつこういった記録を付け始めているらしい。
しっかりと数字として記録になっているものというのは、反復練習にも役に立つ。
自分では気づきにくい成長も、僅かながらにも数字に反映されていればモチベーションの向上に役立つものだ。
本来なら選手自身が全て自分で管理するべきものだとも思うが、オレ達はみわに甘えてしまっている。
「断言できる。無駄なんかじゃねぇっスよ」
「……ウン、ありがとう」
元気のないみわを見ているのは辛い。
いつもの、キラキラした笑顔が見たいのに。