第64章 魔性の女
海常高校 男子寮。
学校に隣接はしておらず、徒歩5分といったところだろうか。
スポーツ強豪校である海常高校は、地方から上京してくる新入生のため、こういった施設を用意している。
ここに来るのは、勿論初めて。
壁は無機質な平面で出来ているが、建物のその色は海常らしく、深い青に染まっている。
「暗い……」
既に玄関も消灯されているようだ。
屋根の下に入り、水が滴るジャージを軽く絞ってから物音を立てぬよう、建物の中へ入っていった。
まるで、合宿所のような空間。
でも、すでに寝静まっているのか、はたまた自室で好きな事をする時間なのかは分からないが、今のところは誰にも発見されていない。
今目の前のドアがガチャリと開いたらどうしよう、という恐怖に怯えていた。
涼太が声を出さずに方向を誘導する。
どれ位歩いたか、ある部屋の前に立ち止まると、ポケットから鍵を取り出して、ガチャリと開けた。
中は、まるで簡素なシティホテルのようだ。
「いらっしゃい」
涼太はそう言うと、靴を脱いだ。
申し訳程度に存在している狭い玄関のようなスペースを上がると、一口コンロと小さな水道がある。
コンロの上には、小さな鍋が乗っていた。
「普通キッチンって共同な事が多いんスけど、ここは小さいながらにちゃんとついてるから助かるんス」
部屋にはシングルベッドがひとつあり、他には小さな丸テーブルとテレビが置いてあるだけだ。
他には目立った家具はないが、壁際のドアのようなものを開けると、クロゼットになっていた。
涼太も荷物をアレコレ持ち込むタイプではないので、収納には困らないようだ。
涼太はその中から小さな箱と衣類を幾つか出し、パタンと閉めた。
「手、とりあえず絆創膏貼っておこう」
ぺたりと防水絆創膏を貼ってくれる。
「いこ、みわ」
「どこに?」
「シャワー」
その発言にギョッとする。
既にここに来るまでに、誰かに見つからないかとハラハラしっぱなしだったのだ。
それが、シャワーを使うなどと驚きの事態。
「私大丈夫だから。着替えさえ出来れば」
「いや、絶対に見つからないから、行こうよ」
なんという甘いお誘い。
身体は冷え切ってしまっている。
可能なら熱いお湯を浴びたい。
ドキドキしながら、私は小さく頷いた。