第64章 魔性の女
「アレ? みわは?」
みわの姿がない。
既に、女子更衣室は施錠され電気が消えている。
最後の人間が帰宅した証拠だ。
「あ、神崎先輩なら先ほど、急いで帰られましたよ」
壁にもたれかかっていたスズサンが、オレを見つけて近寄ってきた。
今日、何か予定があると言っていたっけ?
記憶にはないけど……何か急用かもしれない。
電話をかけても留守電になってしまう事を確認してから、メールを1本送っておいた。
「黄瀬先輩、一緒に帰りませんか?」
「いいけど、オレ寮だからすぐソコっスよ?」
「構いません! 嬉しい!」
スズサンが突然腕を組んでくる。
それを自分でも驚くほどの反射速度で、振り払った。
「先輩?」
「ごめんね、ここは彼女の特等席」
「……ラブラブなんですね」
「うん、愛してるからね」
愛してる。
ガキの戯言と言われようがなんだろうが、これがオレの気持ちだ。
「……ふうん」
彼女はなんだかご不満のようだけれど。
「うあ、雨っスか……」
昇降口から見えるだけでも、かなり降っている。
この時期の雨は、折角春へ向かっていた気温をぐっと下げてしまう。
「先輩、傘持ってますか?」
「折り畳み傘があるっスよ」
みわがいつも持って歩けと言うので、鞄に常備するようになった。
「私、持ってないんです! 一緒に入れて貰ってもいいですか?」
そう言ってパッと表情を明るくし、寄り添ってくる彼女。
グイグイと大きな胸を押し付けてくる。
おお、なかなかベタなアプローチ。
みわもこんな風にしてくんないかな。
"涼太……傘ないから、一緒に入れてくれる?"
脳内みわで再生され、余裕で興奮してしまった。
なんてチョロいヤツだ、オレって人間は。
「せんぱい……」
制服の上からでも分かる豊満な胸の谷間を、オレの腕に擦り付けてくる彼女。
残念! みわならいいんスけどね。
「はい、じゃコレ使って」
折り畳み傘をスズサンの手に渡す。
「……へ?」
「じゃ、また明日!」
鞄を雨除けにして、オレは走り出した。
「黄瀬先輩! 濡れちゃいますよ……!」
「ダイジョーブ、寮すぐそこだから!」
あーあ、みわとは帰れないわ、雨に濡れるわで今日は散々だ。