第64章 魔性の女
「あ、これが昨日のデータなんだけれど、こうやってグラフにしているから、使う時は……」
各個人のノートに記入しているグラフを見ながら説明をしていると、スズさんは姿勢を正して足を組んだ。
「……これ、毎日やってるんですか?」
彼女は改めてノートをまじまじと覗き込みながらため息をつく。
「うん、そうだけど?」
「このデータは、毎日使うんですか?」
「……うーん、毎日というとそうじゃないかな。選手が確認したい時と、個人練習や試合前とかに」
スズさんは、ハッキリと分かるように怪訝そうな顔をした。
「じゃあ、ハッキリ言わせて貰いますけど、わたしたちが毎日貴重な時間を費やす必要ってないんじゃないですか?」
「でも、いざ確認したい時にある程度のデータ量が無ければ意味がないの。そのためには、少しずつだけどこうして」
「分かりました。じゃあそれは先輩がやって下さればいいと思います。もう行っていいですか? 練習始まりますよね」
「……そうね、また後で話そう」
なかなか仕事の大切さが伝わらない。
そう簡単な事じゃないの、分かっているけど。
「神崎、今日の終わ(り)には、各個人の自由時間を作(ろ)うと思って(る)んだけど」
「あ、はい。承知しました」
早川先輩がいつもの早口でそう伝えるだけ伝えて、去っていった。
相変わらず嵐のような勢い。
「……神崎先輩、よくあれが聞き取れますね」
「あはは、慣れなのかな。
えっとね、各個人の練習がある場合には、練習前に打ち合わせてサポートするんだ」
「……え?」
「神崎、今大丈夫?」
中村先輩がひょこっと顔を出す。
「あ、はい! 練習メニューですね」
中村先輩のノートを取り出して、該当のページを開いて渡す。
春に合宿に参加させて貰ったお陰で、以前よりもスムーズにデータが取れるようになったし、それぞれに効果的な練習の提案なども出来るようになってきた。
「最近のシュート率見たいんだけど」
「あ、こちらですね。この角度からが弱いみたいですよ、踏み込み変えてみたらどうですかね……」
中村先輩と話している間、彼女はずっとふてくされたような顔をしていた。