第64章 魔性の女
「なんですか先輩、こんな所に連れてきて」
彼女があまりに大きな声で酷いことを言うので、思わず外に連れて来た。
夕陽が射し込む水飲み場。
蛇口に反射してキラキラしている。
……この空気には似合わない、かな。
「1軍から3軍までの仕事に、上下はありません」
「あります。3軍には黄瀬先輩はいません」
どこまでもそこに拘るのか。
「貴女の先程の発言は、頑張っている他のマネージャー全員、選手全員に失礼な言葉だってことを、自覚して欲しい」
「……は? 先輩こそ、意味が分かりません。
わたしは事実を述べたまでです」
「全員揃って、海常バスケットボール部は成り立っているんです。
それが分かるまでは、貴女に選手は任せられない」
レギュラーだって、ベンチだって、2軍、3軍の選手だって、マネージャーだって皆で力を合わせて海常バスケ部なんだ。
どこが欠けても成り立たない。
彼女は顔を真っ赤にして怒り出した。
「そんな事言って、黄瀬先輩を私に取られるのが怖いだけですよね!? ただの遊び相手である先輩が、後から来た私に追い抜かれるのが怖いだけですよね!?」
ますます話が飛躍してきた。
遊び相手って……。
「ちょっと待って。話がずれてます」
「ずれてません! 先輩は今の、チヤホヤされている状況を変えたくないだけでしょう!? 自分が独り占めしている気になっているだけですよね!?」
それは心外だ。
私はレギュラー以外の練習を見る時だって手を抜いた事などないし、チヤホヤされているなんて思った事もない。
でも、ここで感情的になっても仕方ない。
感情的になればなるほど、真実は見えなくなる。
「分かりました。貴女は、暫く私について下さい」
こうなったら、もう口で言っても無駄だ。
身体で分かってもらうしかない。
「……1軍ということですよね?」
「そうです。そこで、私と一緒に仕事をして貰います」
彼女はようやく満足げな表情になった。
「最初からそうすればいいんですよ。
先輩、黄瀬先輩を取られても文句は言わないで下さいね?」
足取り軽やかに体育館へ戻っていく姿を見送った。
……気を引き締めていかないと。