第64章 魔性の女
「……っ!」
今、目の前で行われた事は一体なんなのか。
彼女は、黄瀬を追いかけてきた体育館で信じられないものを目にした。
黄瀬が、寝ている神崎に近寄り、優しくブランケットを掛けてキスをした。
立ち上がろうとしてよろける神崎を抱き上げ、神崎も黄瀬に抱き着いている。
ふたりの会話は聞こえてこないが、
まるで恋人同士じゃないか。
去年のインターハイ、偶然見た海常vs桐皇学園の試合に、目を奪われた。
こんなに眩しい人がいるのかと。
あの日から、彼女の志望校は海常一本になった。
幸いにも、バレーボール部のマネージャーをやっていたので、マネージャー経験はある。
他の新入生などに負ける訳がない。
更に、自分の容姿には自信があった。
バレー部でも、告白をされたのは一度や二度じゃ済まない。
(まさか、まさかあんな冴えない女が黄瀬先輩の彼女?)
そんなわけはない。
ただの遊び相手だろう。
モテるなどという表現では追いつかないほど、彼の周りには女がいるだろうから。
(絶対に負けない)
黄瀬だって、自分と長く時間を過ごせば、絶対に自分に惚れるはず。
男は皆、私に惚れる。
あんな風に遊び相手に甘んじるつもりはない。
絶対に手に入れてみせる。
(そのためには、神崎先輩が邪魔だわ)
あんな女、すぐに追い抜けばいいだけの話だ。
イライラする気持ちで校門へ向かうと、別の先輩マネージャーとすれ違った。
「あ、お疲れさまあ」
「……お疲れ様です」
(キオタ先輩か。この人は論外ね)
標的は神崎先輩ただひとりだ。
どうやってのし上がろうか。
どんな風に蹴落とそうか。
一番楽しい妄想の時間。
(あの偉そうな顔が悔しさで歪むのがみたい)
どんな手段だっていい。
自分が一番になれれば、それで。
要は、バレなければいいのだ。
そう考えた彼女の口角は上がったままだった。