第64章 魔性の女
「今日は、1日の流れを掴んでもらえればいいかな……」
そう言って体育館内を歩くみわの後ろには、ゾロゾロと新米マネージャーたち。
まるでカルガモの親子だ。
いや、笑っちゃいけない。
大体皆150㎝台の身長の子が多いので、長身の仲間入りをしているみわは目立つ。
入部届を出した者と、仮入部の者で分かれているらしい。
みわが面倒を見ているのは、本入部者だ。
「ここが、1軍の練習コート」
わぁ、と感嘆のため息が漏れる。
その反応はまるで観光客だ。
……オレ、みわに用があるんスけど……。
「みわ」
「はいはい!
……ごめんね皆、ちょっと待ってね」
彼女はそう言って走ってくる。
ああ、オレが呼べば何を優先してでもオレんとこに来てくれるんスね。
……いや、至極当たり前の事なのだが、なんだか優越感なのだ。
しかし、親ガモがいなくなった子ガモ達のざわめきはハンパない。
「どうしたの?」
「ごめん、こないだの練習でとってくれたデータが欲しいんスけど。オレと中村センパイの分」
「あ、これかな」
ささっと手に持ったファイルから薄いノートを取り出す。
「サンキュ。あとなんか、足に違和感がさ」
「痛い? 見せて」
いつも通り、柔らかいブランケットの上で念入りにオレの身体に触れるみわ。
子ガモからは悲鳴が上がっている。
ああ、最高の気分だ。
そんな子どもみたいな事を本気で考えてしまう。
「ん、ここかな……テーピングよりも少し冷やした方がいいかな。ちょっと待っててね」
そう言って、トタトタと走って行ってしまう。
みわがいなくなり、マネージャー達からの興味の視線が降り注がれる。
……慣れてるけど、こういうのは。
でも、体育館の中で身内から受けるのはいい気はしないっスね……。
マネージャーとはもっと対等でいたいんだ。
「おまたせ、黄瀬くん」
氷のうを当てて、肩には厚手のブランケットをかけてくれる。
このブランケット、ホワイトデーに皆で買ったやつだ。
「冷えちゃうから、かけてて。
ごめんね、上着でもあれば良かったんだけど」
「んーん、サンキュ」
ふんわりとみわの匂いがする。
オレはそのまま足を投げ出して、暫く戦線離脱する事にした。