第63章 変化と進歩と計略と
「す、すみません……私、無神経に」
彼女は、見るからに困っている。
「……別に、隠しているわけではないから構わないよ。
ごめんな、返答に困るだろう。
独り言と思って、聞いてくれると助かる」
「……は、はい」
どこか諦めたような、そんな口調になってしまうのは、自己防衛本能か。
……彼女は、俺を庇って死んだ。
……ただの、交通事故だ。
特段なにか事件があった訳でも、ドラマチックな話がある訳でもない。
車に轢かれそうになった俺を庇って……
彼女は自分の命を捨てて、俺を守った。
最期の表情は、笑顔だった。
彼女は最期まで、俺を心配していた。
ひとりにしてしまい、申し訳ないと。
幸せになれと、そう言い残して俺の腕の中で逝った。
何年経っても、冷たくなっていく彼女の手の感触が忘れられない。
あれだけ重ねた肌の温かさよりも、最期の冷たさばかりを覚えている。
新しい幸せなど、見つかる筈もない。
他の女性と寝ても、彼女を抱いた時の幸福感は二度と訪れない。
生きてくれているだけで、ただ生きてくれているだけで良かったのに。
俺の隣に居て、ただ微笑んでいてくれれば、それだけで。
会いたい。
声が聞きたい。
あの笑顔が見たい。
俺の名前を、呼んで欲しい。
他には何もいらない。
ただそれだけなのに、
それはもう、生涯叶わない願い。
「……ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだけど」
「……いえ……」
「キミはね、彼女に似ているんだ。
キミのその、自分をなげうってでも大事なものを守りたいという気持ちは美しい。
けれども、相手はそれを望んでいないよ」
「……」
「聞いたよ。去年、黄瀬君を庇って刺された事」
「……はい」
「俺はその時の彼の気持ちが、手に取るように分かる。
大切な人を永遠に失うかもしれない恐怖を、キミは想像できるかい?」
「…………いえ……」
「俺がね、自分を大切にしろとこだわって言うのには、そういう理由もあるんだ。
ひどく個人的な事情で、申し訳ないけどね」
「……」
「そして、自分自身も強くなって、彼を支えてあげて欲しい。ふたりの関係がいつまで続くかは分からないが、隣に居られる限りは、支え合って……幸せになって欲しい」
幸せになって欲しい。
ごめんな。
お前の願いはまだ、叶えられそうにないよ。