第63章 変化と進歩と計略と
コン、コン
……返事がない。寝たか?
それとも、もう来たくないということか。
「みわちゃん、マクセだけど」
神崎の部屋をノックしたが、今日は出てくる様子がない。
明日はもう帰ると言うことで、もうバックレたくなったのかもしれない。
……いや、そんなわけないだろう。
まだ彼女とは数日しか一緒にいないが、彼女の熱意は誰よりも分かっているつもりだ。
彼女がどれだけ真剣に自分に向き合っているのかも。
……疲れて寝てしまったのかな?
それならばもう仕方がない。
今日は黄瀬君に合う練習をしていたから見せてあげたかったが……。
どうにかディスクだけ貸してあげられればいいんだけどな。
部屋から立ち去ろうとして、踏みとどまる。
……なんとなく、違和感だな。
もしかして、まだ食事から帰って来ていないのかもしれない。
念の為、レストランにも顔を出しておくか。
レストランの一角に、見覚えのある後ろ姿を発見した。
どうやら選手たちと何かを話しているらしい。
4人がけテーブルで、ひとりは突っ伏して寝ている。
「みわちゃん、随分遅くまでここにいたんだね」
「あ、マクセさん。お疲れ様です。すみません」
いつもの彼女だ。
やはり、逃げ出すようなタイプではないよな。
ホッとして見下ろすと、テーブルの上の飲み物に目が入る。
彼女の前に置いてある飲み物。
これは、居酒屋などでも定番の……
「カシスオレンジ、みわちゃんが頼んだの?」
「あ、いえ、頼んで頂いて」
ぐいっとコップの残りを勝手にあおると、甘いが、これは酒だという事がしっかりと確認出来た。
テーブルの選手たちが目を泳がせながらヘラヘラと笑っている。
「……未成年だぞ。どういうつもりだ」
「いや、ほらでも、酔い潰れる様子はないし……さ」
酔い潰して何をするつもりだったかなんて明白だ。
「みわちゃん、行くぞ」
彼女の腕をぐいと引っ張って、レストランを出た。
「あ、マクセさん……?」
「まったく、キミが酒が強いようで良かったよ」
「酒……?」
どうやらまだ気付いていないらしい。
まあ、この様子なら大丈夫か。
彼女は練習中に使用していた筆記用具を手にしていたから、そのままオレの部屋まで誘導した。