第63章 変化と進歩と計略と
「黄瀬君!」
大浴場を出て廊下を歩いていると、同じく風呂上がりらしいマネージャーに声をかけられた。
「おー、お疲れ様っス。
よかったね、部屋ちゃんと直ってて」
宿に戻る頃には、朝壊れていた設備もちゃんと直っていた。
「あ、うん」
「ん? 何か用事?」
「黄瀬君……ちょっといいかな」
彼女に誘われ、熱い温泉で火照った肌を冷やそうと、浴衣姿のまま旅館の中庭の椅子に腰掛けた。
もう4月もすぐそことはいえ、夜は冷え込む。
あまり冷やすと、みわに叱られるな。
「なんスか?」
「あのね……今日、ありがとう。
あんな風にみっともなく取り乱して……ごめんなさい」
彼女は俯いたまま、そう言った。
律儀な子だな。
「ああ、いいんスよ気にしなくて。戻ってこれて良かった」
「うん、それは……なんとか」
「慣れなくてしんどいかもだけど、明日もがんばろーね」
冷える前に部屋に戻ろうと、腰を浮かせた。
「あの……黄瀬君」
「うん?」
まだ何か話があったのか。
マネージャーの仕事については、みわから聞いている程度の知識しかないし、適切にアドバイス出来るかが怪しいけど…。
「…………好き、です」
「……え?」
待て。
どうしてそういう流れになった。
「みわちゃんと付き合ってるのも、知ってる……。でも、ずっと好きで……好きなの……」
「そっスか……ありがとう」
みわと付き合ってるのを知っているというんだから、もうこれしか言えることは無いだろう。
無駄な情をかけるつもりもない。
「わたしじゃ……だめですか」
「ごめんね」
即答すると、ピクリと肩が跳ねた。
「い、いいの……気持ち、伝えたかった……だけだから……」
彼女は震える声でそう言うと、走り去ってしまった。
「オレ……バスケしに来てるんだから、勘弁してよ……」
つい巻き込まれた重苦しい空気に、ため息が止まらなかった。