第62章 卒業
冷えたリビングの中で、私達の周りだけは熱く濡れ切った空気に満ちていた。
「っは……」
「みわ……辛くない……?」
涼太は、終始ゆっくりとした動きだったにも関わらず、額にうっすらと汗を滲ませている。
「ん、へいき……」
今日は最後に一度いっただけで、こうして会話をする余裕があった。
その代わり、繋がっている時間が長かったせいでずっと緩やかな快感が続き、余計に声が嗄れてしまった気も……。
「みわ、物足りないんじゃないスか?」
涼太の指が耳朶を撫でた。
お話しながら後戯をされるのも、なんだか久しぶりな感じがする……。
私も、涼太の背中に腕を回して、ギュッと抱きしめた。
「……ううん」
「なんかこうして触れ合うの、久しぶりっスね。
最近……無理させてばっかりだったから」
そう言って、涼太はちょっとイジワルな笑顔を見せた。
触れ合うのが、くすぐったい。
涼太の熱を独り占めしていた。
「あ、そうだ」
涼太はそう言って、ソファの横に置いてあった紙袋に手を入れ、大きな封筒を取り出した。
「みわ、これ発売なんスよ」
封筒から出てきたのは、香水の箱と少し大きめのボード。
1月に撮った香水の広告写真だ。
人生で初めて……いや、最初で最後のモデル。
画面は上下二分割されていて、上段は涼太が私の肩越しに"こちら"を見ている写真。
下段は、私が涼太の肩の向こう側から"涼太"を見ている写真だ。
「あ、あれ……?」
現場でチェックした時には、私の写真も"こちら"を見ている写真だったはずじゃ……?
「ああ、みわの写真ね、あの後現場で話し合って、こっちにしたんだって。
この切ない表情がいいって」
これは……この写真は、自分で意識してポーズをとったものではない。
多分、シャッターの合間だと思って、無意識に涼太を見てしまっていたんだろう。
「キレイっスね」
「な、なんか恥ずかしい……」
私は殆ど誰かと判別がつかない位の露出なのに、素の表情を撮られたと知って、なんだか物凄く恥ずかしい。
「みわ、こんな顔でオレの事見てるんだって分かって、嬉しいっス」
涼太はとても嬉しそうに写真を見ている。
私も……こうやって、涼太と生きた証が残るのがとても嬉しかった。