第62章 卒業
今日は風が強い。
顔を上げて、吹く突風に負けじと髪を押さえたところだった。
……何が、起きているの。
大きな手のひらが、私の頬を包んでいる。
唇に、冷たくて柔らかいものが当たっている。
涼太のそれとは、違う感触。
「神崎……」
先輩。
重なり合った唇が、角度を変えて音を立てる。
私は、抵抗出来なかった。
舌を入れない、唇を重ねるだけのキス。
先輩の目からは、涙が溢れていた。
唇から、痛いくらい先輩の気持ちが流れ込んでくる。
好きだ。
好きだ。
好き……だった。
ありがとう……って。
都合のいい解釈かもしれない。
ちゅっ……と濡れた音が微かにして、唇は離れた。
「神崎……ごめん」
「小堀先輩……」
「……ありがとう」
そう言って、先輩は踵を返し、走って行ってしまった。
もう触れていないはずなのに、唇が熱い。
泣きそうな気持ちになって、暫くその場所から動けずにいた。
教室に戻ると、涼太が待っていた。
「おかえりみわ……って……」
異変に気付いた涼太が駆け寄ってくる。
「大丈夫? どしたんスか」
ふわりと優しく抱きしめてくれる。
「どうした……って……」
「だってみわ、泣いてる」
涙は流れていなかった。
なのに、涼太には気付かれてしまった……。
「りょうた……」
涼太の背中に腕を回して、強く抱きついたまま暫く泣いた。
小堀先輩、ごめんなさい。
傷付けて、ごめんなさい。
こんな私を好きになってくださって……
ありがとうございます。
涼太には、正直に話した。
一瞬複雑そうな表情を浮かべていたけれど、それ以上何も言わなかった。
何も言わず、優しく抱きしめてくれた。