第60章 お互いの
「………………ん」
頭が痛い。
右手が痛い。
目を開けると、白い天井が視界に入る。
見た事のない景色。
「みわ、大丈夫?」
声のした方向を向くと、あきが心配そうにこちらを見ている。
「あき…………わたし……」
あれから、頭が真っ白になってからはどうしたのか全く記憶にない。
痛む右手を見ると、包帯が巻かれていた。
「切ったの? 凄い血だったから驚いたよ」
「う……ん、どうしたんだっけ……」
血……
ガラス……
ああ、カップが割れちゃったんだ……
……終わっちゃったんだ……
「……ちょっと、大丈夫?」
「うん、ちょっと頭がふわふわするだけ……ここ、どこ?」
「血がダラダラ流れてたから、怖くて救急病院に連れてきたのよ。大事に至らなくて良かったけど、貧血で倒れたもんだから休ませて貰ってんの」
救急病院。
「なんか電話で様子が変だったから見に行って良かったよ。あんな時間にひとりで外出たら危ないじゃん」
外に……ああ、出た。
もうどうでもいいやって、こんな私は消えちゃえばいいやって、そう思ったんだ。
「……黄瀬と喧嘩でもしたの?」
その名前に、一瞬息が詰まったかのように呼吸が苦しくなった。
「……」
「ああごめん、起き抜けに色々聞かれても落ち着いてないよね。今日はうちに泊まんなよ。黄瀬にも連絡しておくから」
最後の一言で血管が膨れ上がるかと思うほど胸が痛み、思わずあきに掴みかかっていた。
「涼太に……涼太には連絡しないで!」
「え……なんでよ。心配してるでしょ」
「涼太は、もう心配なんてしてないよ」
あんなに勝手なことをして、勝手に家を出て行った女なんて、どうでもいいはず。
心配など、するわけがない。
「何言ってんのよ」
「お願い……」
涙が止まらない。
さっきまでは、流れて来なかったのに。
さっきまでは、回路が停止してしまったかのように、感情が動かなくなっていた。
あのままの方が、楽だったかもしれない。
もう大好きなひとの口からあんな言葉、聞きたくない。
これ以上嫌われてしまったら、どうすればいいのかが分からない。