第59章 すれ違い
涼太はすぐに戻ってきた。
コンコンと、私の部屋のドアがノックされる。
「……はい」
「風呂、出たっス。……ありがとう」
「うん、分かった」
少し間があって、私が出てこない事に気付くと涼太は部屋に戻っていった。
私も、お風呂に入ろう。
お風呂から上がって、水分補給をしようとリビングに向かうと、電気がついているのに気付いた。
涼太、いるのかな。
少し気まずいけれど、避けていても仕方ない。
静かにリビングのドアを開けて、冷蔵庫に向かった。
ソファの肘掛けに頭を乗せて横になっている涼太の姿が見える。
こたつテーブルにはノートパソコンが開いてあり、長時間触れていなかったからなのか、画面は黒くなっている。
お茶で喉を潤す時にカタンと音を立てても動かない。
寝ているのかな。
足音を立てないように近づいてそっと覗き込むと、瞳を閉じて眠っているようだ。
サラサラの髪、長い睫毛、通った鼻筋。
薄くてキレイな色の唇。
規則正しいリズムで上下する筋肉のついた胸。
腹部に無造作に置かれた手は、大きくて筋張っている、男性の手だ。
長い足は、アスリートにしては少し細い。
一通り愛しい人の姿を眺めてから、自分の部屋に戻った。
毛布と羽毛布団を取り、リビングに戻る。
先ほどから寝返りひとつすら打っていない涼太の姿をもう一度眺めると、優しく布団と毛布を掛けた。
身じろぐ事すらしない。
こんな場所でも、深い眠りに落ちているらしい。
こんなに近くにいるのに距離を感じてしまい、無意識に、眠っているその唇に自分の唇を重ねた。
しっとりとした唇が、荒れた心を鎮めてくれるようだった。
これ以上ここにいると起こしてしまいそう。
電気を消して、足早にリビングを去る。
「ちくしょう……」
涼太から発されたその声は、届く事はなかった。