第59章 すれ違い
「涼太……! 傘、持ってないの!?」
私が持っていたグレーのドット柄の小さな折り畳み傘では、体格の良い彼の身体へ降りかかる雨を十分に遮れない。
「ああ、傘……そっスね」
既に傘の意味もないくらい、ずぶ濡れだ。
髪からも、水が滴り落ちている。
「これ、差して! とにかく帰ろう」
「みわが濡れちゃう」
「いいよ、大丈夫だから!」
黒子くんに借りた本はビニール袋に入って鞄の底の方へ入っているから大丈夫だろう。
こんな格好で、風邪でも引いたら大変だ。
「やめて、みわが濡れる」
涼太は突然、鞄に手を入れると折り畳み傘を取り出した。
「あ……傘、持ってたんだ」
「そうみたいっスね」
そうみたい……って、そんなに濡れておいて他人事みたいに……。
やっぱりただ事じゃない雰囲気があるのに、涼太の口調があまりにもいつも通りで、少し怖い。
「じゃ、じゃあ帰ろう?」
とにかく、今は一刻も早く帰らないと。
マンションに着くと、冷たい雨に濡れた身体は既に冷え切っていた。
「タオル持ってくるから、待ってて!」
ドタドタと洗面所に駆けていき、お風呂のスイッチを入れてから厚手のタオルを何枚かと、ハンガーを持って玄関に戻る。
涼太は、服を脱ぐ事もせずに玄関に佇んでいた。
「涼太、脱がないと」
水分を含んで重くなったコートとブレザーを脱がせ、ハンガーにかけると私の部屋のドアノブに引っ掛けた。
背伸びしてタオルで髪を拭くと、細い髪の先から水滴が飛び跳ね、涼太の頬を濡らす。
もう1枚の乾いたタオルで頬を包むと、今まで微動だにしなかった涼太の手が、私の手を掴んだ。
「ん? ごめんね痛かった?」
「みわ……」
「うん?」
「……」
「えっ? なんて言ったの?」
咄嗟に言われた事が聞こえず、聞き返したところを強く抱きしめられた。
涼太の優しい、おひさまみたいな温かい匂いに混じって、雨の匂い。
結局涼太が言ったことは聞こえなかったけど、少しの間、大きな胸の中で涼太の体温を感じていた。