第2章 痴漢
狭い車内。
この混雑にも関わらず静まり返った空間には、不気味ささえ感じる。
大きく息を吐いた。
心臓が口から飛び出そう。
緊張して、冷や汗が出てくる。
借りたタオルハンカチで口元を覆い、襲い来る吐き気と闘う。
大丈夫。ほんの少し我慢するだけだもの。
落ち着いて、落ち着いて……。
発車してしばらくすると、また周囲のひとと押し合いに……
……あれ……?
こんなに混んでいるのに、電車は揺れるのに、私の身体は誰とも接触していない。
吐き気を我慢するのに必死で、気が付かなかった。
不思議に思って後ろを振り向くと……彼が壁になってくれていた。
「イテ……この時間は混んでるっスね」
「だ、大丈夫ですか!?」
私だって決して背が低いわけではないのに、頭1つ分以上高い身体。
ちょうど私の顔の高さには、彼の腕がある。
「もっと余裕があればいいんスけど、これが限界スわ……ごめんね」
「そ、そんな……ご迷惑をお掛けしてしまって、あの、本当に申し訳ありません」
電車の揺れとともに彼が下を向くと、視界にサラサラの髪の毛が入ってくる。
口元に当てているタオルもそうだけど、このひとからはとても優しい香りがする。
なんでこんなに優しいんだろう……?
「あ、まだ名前も名乗ってなかったっスね。オレは1-7の黄瀬 涼太っス」
えっ? 7組?
っていうか同い年?
「あ、あの……私も1-7で神崎 みわ と申します。入学式、休んじゃって……」
「そうなんスか! 確かに、ひとりお休みしてたスわ。確か……首席入学だって聞いたっスけど、マジ?」
「あはは……一応そうみたいなんですけど、別に全然大したことないんです……」
勉強は好き……ただ、他に取り柄がない。
それだけ。
「自信持っていいと思うスよ。オレは勉強苦手だから、尊敬するっス!」
なんて眩しい笑顔なんだろう。
そう言って貰えて、嬉しいのに。嬉しかったのに。
自分に自信がない私は曖昧に頷くだけで、何も答えることができなかった。